13 février 2011

2月8日 le mardi 8 février 2011 ケン・ブグル『狂気と死』«La Folie et la Mort» de Ken Bugul

Le mardi 8 février 2011
快晴。7時、気温24℃、湿度65%。
18時半、室内気温28℃、湿度52.5%、一日天気がよかった。しかし暑いという実感は全くない。

ケン・ブグルKen Bugul『La Folie et la Mort狂気と死』(2000年、235ページ)を明日返すために集中して最後の50ページを読んだ。
ストーリーは全く僕の予想を超えていた。一旦は泉鏡花の世界を連想したが、むしろ作者が現在住んでいるベナンの民話の世界が影響しているのだろうか、発想が突飛である。非常に面白い。あっと云わされた。この作品でも前作『リワン』のような具象的世界が展開するものと思っていたら、第3話に入ったところで、シュールな世界に飛び込んだのだ。また、夢と現実が奇妙に連続する場面もある。ひとつの実験小説の側面があるのではないか。
主人公、大学出の若い女性Mom Dioumは都会から生まれ故郷の村に帰ってくる。ところが、彼女の女友達Fatou Ngouyeに「生まれかわるためには死ななくちゃ」という言葉を残して失踪する。実は消え行く伝統である刺青をするために村を再び出たのであった。しかも唇の刺青。その刺青の信じがたい痛さに2/3を終えたところで刺青師から逃げ出す。
一方、娘が失踪したので、両親が従兄弟の青年Yoroと親友Fatou Ngouyeに捜査を依頼する。二人は始めての都会に上る。
いかにもアフリカ的独裁者のいる想像上の国を舞台として、現代のアフリカ病(貧困、失業、戦争、政治的腐敗等)を背景に、主人公たちが次々と「不条理に」殺されてしまう。この不条理さは作者の年齢からみて(1947年生まれ)、1960年代の実存主義哲学の影響が強いように思う。しかし、作者は彼らの死は選択であるという。狂気を生きるか、死を選び取るかである。死を選ぶにしても自殺ではなく、殺されることの受容なのであるが。この選択というキーワードは、前作『リワン』では、一夫多妻の受容、「婚姻は人生の選択」としてつかわれていた。
小説の結末には、主人公たちが全員殺されてしまうのだからこれ以上続きようのない小説ではある。しかし、面白かった。

ベナンの民話(おとぎ噺)の例として次のサイトがあった。
こんな話がのっていた。「豹が美しい娘に化けて町の市場に行く。それを見ていた猟師が残された豹の毛皮を隠してしまう。買い物から帰ってきた娘は元の豹に返りたいが毛皮がみつからない。途方にくれている娘(豹)に、猟師がいいよって妻にしてしまう。絶対に娘の正体を云わないと約束して。家には既に別の妻と子供が6人いた、、、」。訓話になっていて、結論は、女性には失礼ながら、「女は愛しても、信じてはいけない」というものである。
http://books.google.com/books?id=HXXWwO0r-hwC&pg=PA124&lpg=PA124&dq=moutarde+benin&source=bl&ots=PHMP-aAED6&sig=CNNLjGz3cLD20CrZfTqFqAw2VDU&hl=fr&ei=AChRTcafNsP-8AbxvMTfCQ&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=3&ved=0CCEQ6AEwAg#v=onepage&q&f=false

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