e samedi 1er août 2020
6時、快晴、19℃、50%。RDコンゴでは先祖の日。墓参りをする。
le dimanche 2 août 2020
6時、快晴、18℃、50%。
le lundi 3 août 2020
6時、快晴、18℃、47.5%。
Facebookに5年前に投稿した僕の写真にコメントが今頃になって何人かから寄せられた。Facebookが勝手に再録したためのようだ。余計なことをするFacebookだ。
【ムソシの子どもたち 17】 ユキさん
ユキさんの父親はウエスギ・タモツさん。ユキさんはルブンバシの市役所近くのレストランで働いていた。笹川陽平氏からいただいたお金でルブンバシのテキサコ地区に開店したレストランの料理を担当した。経営は破綻したが、店に来ていた電気やさんと結婚して今二人の子の母親だ。
ユキさんも父親に孫たちを見せたいと願っている。ウエスギさんの「現地妻」、ユキさんの母親は先月7月初めに亡くなった。
「ウエスギさん、ユキさんや孫たちに会ってください!」
『Gemini Man』(アン・リー監督、米国、2019)。最後までみて、監督がアン・リーだと知った。なるほど面白い映画だった。
ヒトのクローンが出来たらやはり面白いだろう。いくらクローンとは云え、同じ運命を辿るわけがないのだから、知能程度が同じで、肉体が同じでも人格は別になるに違いない。
le mardi 4 août 2020
6時半、快晴、19℃、50%。
le mercredi 5 aout 2020
6時半、快晴、19℃、50%。
le jeudi 6 août 2020
6時、快晴、19℃、60%。広島原爆投下の日。
午後、クリスチャンが具合が悪いというのでキプシの病院へ行った。数週間前から寝汗をびっしょりかく、顔に4か所小さい腫物ができた、今日は多少昼頃眩暈がしたという。
病院というのは、意味のない検査をたくさんする。レントゲンと採血は明日朝、エコーは今日だとさ。解像度の極めて悪いエコグラフィー。異常なしとは。血液検査は検査項目がいっぱい。計58000フラン(30ドル)。
コンゴフランが中央銀行の市場介入で多少強くなって、今日は1$が1900フラン。
17時45分、停電。晩飯を用意していた矢先だった。Mince !
18時10分、回復。
確執は「かくしゅう」と読むべきだと思うが、今や「かくしつ」と入力しないと漢字変換出来なくなった。嘆かわしい。
le vendredi 7 août 2020
6時、快晴、20℃、45%。
クリスチャンは昨日すでにマラリアの診断がついているのに、血液検査のため今朝採血した。レントゲンは肺にゴミが入っているということで、気管支炎の薬を処方された。薬の処方箋をみて、僕の判断で幾つか薬をとりやめだ。レントゲンの画像も不透明なので信用ができない。
マラリア薬はCether-LでOK。パラセタモルは家にあるので買う必要なし。胃薬はMaaloxなんて飲んでも仕様がないので、IPP系の薬にして、胃炎のとき僕も飲むことにする。
病院でLactolaseの宣伝ポスターをみた。これは乳酸酵素だとひらめいた。ビオフェルミンと同じだ。化学の薬より、整腸剤として僕は子どもの時から腹痛があると飲んでいる。このの薬屋で訊くとシロップになっている。試しに1袋だけ買った。
ガソリンスタンドのストがあり、バイクタクシーや乗合バスの料金が突然50%以上上がった。
le samedi 8 août 2020
6時、快晴、20℃、45%。
ジェイミー・オリバーJamie Oliverという料理人がいる。TVに料理番組を持っている。
彼は、Food Revolution運動を展開する。カリフォルニアでは学校で食事について講演することやを当局から断られた。オリバー氏英国籍。
アメリカには肥満児が多い。肥満両親も多い。そこで、食事の改善、もっと自然な食事を推奨する。とくに学校給食の改善だ。菜食主義者ではない。
ネットで調べると日本でもそれなりに有名な人物なようだ。
僕は15分で料理を軽快に作るTV番組をみてファンになった。
le dimanche 9 août 2020
6時、快晴、20℃、447.5%。長崎原爆投下の日。
le lundi 10 août 2020
6時、快晴、20℃、40%。
電力会社Snelから請求書が届いた。57885フラン=約30ドル。
ルブンバシでは、Covid-19禍は終わったと云って誰もマスクをしていない。スーパーではまだ掌にアルコールベースの液体をほんのちょっともらったい、体温を測ったがそれだけ。どこで終息宣言が出たというのだろう。Unicefのサイトをみると昨日上カタンガ州で7件がポジティブとなっている。これまでの感染者311名。
le mardi 11 août 2020
6時、快晴、20℃、37.5%。
Idli Podiなる粉を買った。米粉だというので買ったのだが、小さい字で書いている内容物をみたら、米粉とPois Chicheの混合物だった。Pois Chicheはスペイン料理や北アフリカのクスクスに混ざっている豆。先日、米粉でお餅を作っているのを料理番組で見て面白いと思って米粉をスーパーで探した結果だ。
白玉や餅を、ま、作ってみよう。
le mercredi 12 août 2020
6時、快晴、20℃、30%。
le jeudi 13 août 2020
6時、快晴、20℃、35%。
le vendredi 14 août 2020
6時半、快晴、20℃、30%。
le samedi 15 août 2020
6時、快晴、20℃、30%。日本敗戦の日
渡哲也が8月10日に他界。NHKWorldで報じていた。
学生のころ仙台の外れの映画館で上映された日活のヤクザ映画でみてファンになった。東映のヤクザ映画とは異なった近代的なヤクザだった。その後「クチナシの花」が流行歌になった。ヨーロッパから一時帰国したときに、渡哲也の関係者に紹介されたこともある。
le dimanche 16 août 2020
6時、快晴、20℃、40%。
le lundi 17 août 2020
6時、快晴、20℃、40%。
le mardi 18 août 2020
6時、快晴、21℃、40%。
le mercredi 19 août 2020
6時、快晴、22℃、45%。
ついに22℃まで温度が上昇してきた。カタンガ州では9月が1年で一番暑い時期である。ジャカランダが咲き乱れる。月を追って段々と暖かくなるのではなくて、突如9月になると暑くなる。不思議といえば不思議ではある。
来週月曜日にDRCコンゴを後にすることが出来れば、ジャカランダの季節に会えないが仕方ない。
朝7時半、ネット不通。ネット契約は明日切れるはず。今から不通では困る。延長手続きを昨日ルブンバシですれば良かった。今日キプシ地元で延長トライする。
モデムを何回かリスタートさせたら接続された。
【ムソシのこどもたち 18】サチコさん。
彼女は「子どもたちの会」現会長サイトウ君の異父兄妹である。父親はマエダ氏。サチコさんはザンビアのキトウェ市で主婦。母親(日本人の妻)であるムジンガさんは不幸にして1994年ルブンバシで亡くなっている。画像はマエダ氏。抱かれているのはサイトウ君。
ムジンガさんはサイトウ氏が日本に帰国してしまってからマエダ氏と再婚した。
マエダ氏とサイトウ氏は仲が良かったという。サイトウ君はマエダ氏にも可愛がられた。
サイトウ君の父親、サイトウ氏は亡くなったらしいが、マエダ氏はご存命だろうか。マエダ氏にサイトウ君も会いたがっている。
le jeudi 20 août 2020
6時、快晴、22℃、40%。
le vendredi 21 août 2020
5時、快晴、22℃、47.5%。
コロナビールスのテスト。採血。
結婚指輪紛失。カルティエ。
ATM不具合。口座のあるRawbankのATMがOut of orderとなっていたので、ルブンバシ行ったとき、ナイジェリア系FBNのATMを使った。1台目のマシーンで20ドルを出そうとしたらできない。細かい札がないのかと思って、区切りのいい300ドルを入力したら、領収書が出て来たのに札が出て来ない。2台目ののマシーンでは90ドルが出たので、90x3=270ドルを出した。1台目にもどって、今度は100ドルを試みたら、ちゃんと100ドルがでて、領収書も出てきた。まだ銀行の窓口が開いていないので、ラボに行って採血されてから、FBNに行って事情を話した。銀行は直ぐに調べて、確かに該当ATMから現金が出ていないことを確認した。
その足で、Rawbankのルブンバシ本店に行き、FBNから$300の回収を依頼した。担当は直ぐにも回収できるようなことを云っていたが果たしてどうなるか。
le samedi 22 août 2020
6時、快晴、21℃、47.5%。
ルブンバシの州立ラボにテスト結果をとりにいった。ラボ到着10時10分。僕の分は10時半に出て来た。検査結果の証明書発行でネガティブとあって安心。
ところが息子クリスチャンの分がなかなか出て来ない。途中、家の家具類を買っていただいたフランシスコ会修道院から電話が入り、クリスチャンをラボに置いて、僕は修道会のシスターとキプシの家に帰った。家具を一部運び出してしまいたいというので、クリスチャンのベッドやサロンの書籍やテーブルなどを運んでもらった。寝室の家具は月曜日に出す。シスター・フランソワーズさんは月曜朝6時半にいらっしゃると。それなら、家でシスターさんを待ってから、カスンバレサ国境に向かうことにできる。
FBNからの現金返済には45日かかるとRawbankの担当からSMSが入った。昨日の担当者の発言は彼の期待だったのだ。いつものことだ。知りもしないことを勝手な期待と推量で客に話してしまう。
le dimanche 23 août 2020
5時、快晴、22℃、55%。
le lundi 24 aout 2020
5時、快晴、21℃、47.5%。
6時半にフランシスコ会が来て家具の引き取りが始まった。
7時、ミニバスの運転手をしているクリスチャンの友だちが時間通り迎えにきた。カスンバレサ街道の料金所のところが混みあって30分以上待たされた。
カスンバレサ国境近くで与党の一角UDPSのデモ行列に出会ったが今日はまだ暴力的ではない様子であった。政党員のデモといえるのか、子どもたちと若い失業者が騒いでいるだけだ。
国境税関のゲートで、乗って来たタクシー車で税関オフィスまで入れてくれと頼んだ。疲れるのでゲートからオフィスまで歩きたくなかった。係官に2000フラン(1ドル)を渡しゲートを開けてもらった。いつものようにポーターや国境通過事務代行をすると称する男たちが群がってきた。ポーターをする少年2人とクリスチャンが望んだ代行を選んだ。タクシー代金8万フラン=40ドル。かなり安くしてくれた料金だ。
先ずは検疫官。Covid-19のネガティヴ証明書に文句はなかった。イエローカードの予防注射の期限が切れていると10ドル要求された。WHOでは不必要とされているワクチン証明なので普通は要求を無視するが、今日は争うのが嫌だった、余計なエネルギーを使うのが嫌だったので10ドルを係官に渡した。
クリスチャンのパスポートはコンゴ。だから国境通過に1万フランがいるという。これも素直に支払った。次は荷物検査である。ここも、何がしか渡せばスーツケース(3個)を開けなくてもいいとベテランの係官が手を出す。係官が6人もいる。全員に渡す金は残念ながらないと、5000フランを一番口煩い奴に渡した。
やっと国境通過だ。10時になっていた。
今回はザンビア側も面倒だった。Covid-19禍の所為でやはり検疫部門がいつもより厳しい。厳しいというより、記入する書類が増えたのだ。しかも只ではない。横にくっついてついてきていたコンゴ人の為替業者(為替業者というと聞こえがいいが、失業者の一種だ)と40ドルを換えた。1ドルが14クワチャだって。クワッチャで150x2+100x2=500クワッチャを支払う。40ドルをまともに交換すれば700クワチャ以上になるはずだが、文句をいう気力がでてこない。
ザンビア入国ビザ申請窓口に移動。50x2=100ドルに変化はなかった。
10時半、手続き終了。
「ムソシの子どもたち」の一人でキトウェでタクシーをしているピーター君が税関出口で待っていた。スーツケースはもう車の中に入っていた。代行には40ドル寄こせと云うので20ドル渡し、ポーターには、5000x2‘=1万フランとした。手元に殆どコンゴフランがなくなった。コンゴ人たちはまだもっと支払えと云っていたが、振り切ってキトウェへと出発した。
ピーター君の父親はナカヤマ・カイチさん。
途中チラバンバのショッピングセンターにある食堂「ハングリー・ライオン」で昼食をとった。3人分で012クワチャ。「ハングリー・ライオン」は南ア系のファストフード店。
食事の前にATMで現金を引き出した。コンゴの銀行Rawbank発行のVisaカードは使えず、日本発行のカードを使った。
15時ごろ、キトウェの友人パオラさんの家に着いた。
夜、パオラさんの家に下宿しているコンゴ人青年二人と豪華なイタリア料理をふるまってもらった。コンゴの青年たちはザンビアの大学の学生。南アで留学が望ましいが、費用がかかる。ザンビアの大学の方がルブンバシ大学よりずっとましなので、ザンビアに来ているのだそうだ。そうだろう。分かるよ。
le mardi 25 août 2020
7時、快晴。
パオラさん宅でのんびり。この1日の余裕は、万一コンゴ国境でトラブルがあって出国できない場合を予想してとった。昨日無事出国出来たので不必要だったといえばそれまでだが、コンゴでは何が起こるか分からない。
le mercredi 26 août 2020
7時、快晴、
ピーター運転手に9時半に来てもらってた。早速、バッテリー問題。パオラさんの車のバッテリーを外して、エンジン始動。
ンドラ空港のエチオピア航空で搭乗手続きを済ませる。3月末にコンゴ出国の予定がCovid-19禍で今日まで出発が遅れたのだ。エチオピア航空の方々、何度も予約を延ばしてくれ、親身に今日の出発便を予約してくれた。大いに感謝している。ルブンバシのエチオピア航空従業員(コンゴ人)は、「ンドラで乗るんでしょ、コンゴには関係ないわ」と最低の対応だった。
14時半、無事ザンビアを出発、20時にアジスアババに到着。ところが、航空会社もちのホテルの送迎バスに乗るまで3時間待たされた。空港が完成して多少迎えのバスに乗る手続きが変わったせいもあるが、いかにも不合理に客を待たせている。
入ったホテルも最低。これが四つ星だって? Covid-19禍のお陰で食事がホテルのレストランでとれず、ルームサービスのみ。但し、食事に選択がきかず、ホテルのお仕着せのみ。珍しく部屋のバスの湯が出たがシャンプーもボディーソープも備えていない。TVもチャンネルが少なく、フランス語の局は全くない。国際都市アジスアババ、まだまだ欧州との格差が大きい。
le jeudi 27 août 2020
6時、雨、18℃。
アジスアババからアビジャンへ。
AirBnBで予約した宿舎はアビジャンの北の外れだ。アングレ大学病院地区。丁度大学病院のところで道路舗装が切れてしまう。建設中の家が多い。舗装の切れたところから300Mくらいいったところに瀟洒な宿舎があった。オーナー・マリアムさんが待っていた。割と広く清潔だった。Wifiの具合もいい。サテライトTVのチャンネル数は少なかった。
レストランが近くになさそうなので、旧知のベトナムレストランにいった。メルモス地区まで車。遠い。しかも、レストランは、Covid-19禍のためテイクアウトのみだった。再来週から通常営業だそうだ。
疲れていたので、食事後直ぐに就寝。
le vendredi 28 août 2020
6時、曇り。
朝、シャワーを浴びようとしたが、お湯が出ない。オーナーさんにクレームしたらお湯の設備はないという。えっ、水シャワーを浴びろというのか。暑いアビジャンではお湯がないのが普通だと。そうかなぁ。これまで泊まったどの宿舎にもお湯があった。AirBnBのサイトで説明しているというので、サイトを良く読んでみた。明示的にお湯がないことは書いていない。そこで冷房を切って、シャワールームを外気温にあわせてシャワーを使おうとした。シャワールームの窓が開かない。
オーナーにお湯のことを更にクレームしたら、宿舎をキャンセルしてもいいという。そこで新しい宿舎を探すことにした。これに手間取った。AirBnBで開いているというのに、支払ってからオーナーに連絡すると実は塞がっているケースが2件にもなった。
やっと19時すぎになって次の宿が決まった。
簡単にパスタと生ハムで食事をして寝てしまった。
le samedi 29 août 2020
6時半、曇り。
11時に引っ越した。
新しく入ったところはパルムレ地区の一角。回りがちょっと都会らしくなった。お湯がちゃんと出た。お湯をわかすボイラーとエアコンを同時につけるとヒューズが飛ぶことがわかった。ワンルーム・マンションだが、メンテが悪い。ここも9月3日まで、3日夜から近くのAirBnBで今日を含めて予約したところに入る。そこのオーナーが臨時に手配してくれたのがここだ。
ともかくAirBnBで借りているうちに長期滞在の宿舎をみつけなければいけない。昨日午前不動産屋に会っているが、いい加減な男でこっちの希望とは別に、自分が仲介料金を早くとれるところを案内しようとしたので、即座に断った。不動産仲介と称する潜在的失業者が先ずは案内料として5000フラン(約10ドル)をとろうとする。
昼は近くのレストランShishで。レバノン系のようだが、まぁまぁ。
夜はカレーを作った。
le dimanche 30 août 2020
6時、曇り。
官庁、ビジネス街プラトにクリスチャンを案内。
昼、宿舎近くの地元レストランでエビ。エビが煮すぎて固い。トマトとタマネギのタレ。ボーイのエルネスト君とクリスチャンが友だちになった。エルネスト君、気がよさそうだが、余り利発には見えない。
夜は昨日の残りのカレー。
le lundi 31 août 2020
6時、曇り。
午前中、アビジャンの東地区新興住宅街らしいRiviera Fayaで物件をみる。アメリカ式ワンルームマンションという触れこみ。僕がFBで広告を出したのに対して連絡してきた不動産屋。ダメだ。ま、ウサギ小屋だよ。しかも家賃も高い。
午後はお仕事。
夜は、再びエルネスト君のいるレストランへ。