11 juillet 2011

7月9日 le samedi 9 juillet 2011 エラ・ボラ航空機墜落 accident d'avion Hera Bora à Kisangani

Le samedi 9 juillet 2011
快晴。7時、17℃、55%。

シック・クアトロという髭剃り剃刀を下ろした。3月にルブンバシにみえたTさんが日本のIさんから託さ
れたもの。Iさんは僕のブログを読まれて、質の悪い剃刀で苦労しているとあったので、剃刀をプレゼントしてくれたのだ。高級品。もったいなくて、今まで使わなかった。替え刃を買えばずっと使用できる。その替え刃が高いのが難点か。使ってみて、剃り心地が全く使い捨てとは違う。

ネズミが穴をあけたチューブは写真を撮った上部だけではなかった(7月5日のブログ参照)。エンジン冷却後の出口など他のチューブも被害にあっていた。ラジエータに水を入れるたびに新たな穴が発見された。苦闘4時間。それでもラジエータの冷却システムの完全な修理ができなかった。来週火曜日に続きの修理をすることにして一旦16時に作業を中止した。この車、しかし水冷系統が壊れていても空冷で動く。知らなかった。

Hewa Bora航空会社のHewaとはAir、BoraはBetterを意味する。RDCコンゴで一番大きな航空会社である。といっても運行している飛行機は事故を起こしたB727を含めて7機にすぎない。国際線では隣国コンゴ共和国の首都ブラザヴィルと南アのヨハネスブルグのサーヴィスをしている。前身はザイール時代の航空会社からはじまっているので94年からということになるが、Hewa Boraとなったのは2001年のことである。事故が起きたキサンガニはオリエンタル州の州都。RDCコンゴ第3の都市。コンゴ河の流域、キンシャサから北東に1200km行ったところになる。キサンガニは金の集積地でもある。またオリエンタル州はカタンガ州よりも大きく、面積としては日本の1,5倍以上。飛行機はキサンガニのあと、最終目的地ゴマ市(北キヴ州の州都)に向かう予定であったから、乗客にはキサンガニで降りる乗客とゴマまでの客とでほぼ満員であった。以下の記事にはないが、現在まで74名が亡くなり、50数名が入院中。犠牲者にはキサンガニの司教さんはじめ宗教関係者、またサッカー連携関係者が多い。死者の数は当初50名以下だったが、その後増え続けた。原因は、事故機は空港から800メートル離れた場所で着陸しており、消防車が1台しかアクセスできず、墜落後の火災消火ができなかったこと、病院に運ばれた怪我人たちも、停電に遭遇し十分な治療が得られなかった等があげられる。お粗末というより、真に不幸な事態である。

RD Congo: un avion d’Hewa Bora s’est écrasé à Kisangani

Un appareil de la compagnie Hewa Bora s’est écrasé peu avant d’atterrir à l’aéroport de Bangboka ce vendredi 8 juillet. Plus de cent passagers ont embarqué dans l’avion. Une cinquantaine aurait péri.L’avion venait de Kinshasa. Après l’escale de Kisangani, il devait se rendre à Goma.Dans un premier temps, la direction de Hewa Bora jointe par Radio Okapi a juste indiqué qu’il faisait mauvais temps car une forte pluie s’est abattue sur la ville et que l’avion s’est écrasé en dehors de la piste de l’aéroport de Kisangani.Les reporters de Radio Okapi qui se sont rendus sur le lieu du crash ont constaté que l’appareil, un Boeing 707, s’est écrasé dans la brousse à environ 600 mètres du bout de la piste d’atterrissage. Visiblement le pilote n’avait pas repéré la piste à cause du mauvais temps, une grosse pluie s’est abattue sur Kisangani tout l’après-midi.Des palmiers et des arbres se trouvant sur la trajectoire de l’appareil ont été rasés avant de prendre feu.Sur le lieu du drame, les corps retirés des décombres sont étendus au fur et à mesure qu’ils sont repérés par les secouristes de la Monusco, de Handicap international, de la Croix-Rouge et de la Police nationale congolaise.Les secouristes ont réussi également à évacuer des survivants notamment deux enfants. Trente survivants ont été admis dans un premier temps au centre médical du contingent bangladeshi de la Monusco pour les premiers soins.D’autres blessés ont été évacués dans les hôpitaux de la ville pour des soins appropriés.Difficile pour le moment de connaitre le nombre exact des morts. Les fouilles se poursuivent encore.Le représentant de la compagnie Hewa Bora à Kisangani, Guy Lusangi Hussein, affirme que plus de cent passagers étaient inscrits sur le manifeste au départ de Kinshasa. Mais il n’a pas été en mesure de dire si toutes ces personnes ont embarqué dans ce Boeing 707 de 114 places.Le 15 avril 2008, un accident d’un avion DC-9 de Hewa Bora qui transportait soixante-dix-neuf passagers et six membres d’équipage avait fait au moins vingt et un morts.

10 juillet 2011

7月8日 le vendredi 8 juillet 2011 李明博韓国大統領来る visite du président coréen Lee Myung-bak

Le vendredi 8 juillet 2011
快晴。7時、18℃、50%。

9時25分、停電。参った。丁度ゴッフルの生地を作っていたところだった。はやく点いてもらわないとなぁ。10時20分回復。

韓国の李明博大統領がRDCコンゴ訪問した。カビラ大統領が去年韓国に行っているから、カビラの招待を真面目に受けたということである。韓国のコンゴに対する投資が本気であることを示している。投資は主として農業、運輸、エネルギー部門を対象としている。原油開発もコンゴの炭化水素会社Cphydroと行われる。インフラ投資では、30年来の懸案であるバナナ港(バ・コンゴ州)整備に関心を寄せている。

日本はといえば、閣僚どころか議員だって最近コンゴに来たことがない。コンゴにとって日本は幻の国である。

RDC- Corée du Sud: tête-à-tête Kabila – Myung-bak à Kinshasa
Le président sud-coréen, Lee Myung-Bak a été reçu, ce jeudi 7 juillet après-midi à Kinshasa, par son homologue congolais Joseph Kabila. Sa visite dans la capitale congolaise vise notamment la signature de plusieurs accords commerciaux entre la RDC et la Corée du Sud.
La délégation sud-coréenne, qui est arrivée ce même jeudi à Kinshasa, devrait participer au forum d’affaires RDC-Corée du Sud.
Ce forum, devant mettre autour d’une table les chefs d’entreprises et investisseurs sud-coréens avec les membres de la Fédération des entreprises du Congo (Fec), devrait déboucher sur la signature des accords d’investissement dans les domaines de:
l’agriculture, transport et l’énergie.

Un accord d’étude conjointe devrait être également signé entre la Congolaise des hydrocarbures (Cohydro) et la Korean national oil corporation pour l’exploitation du pétrole congolais.
Séoul voudrait investir également dans la construction des infrastructures, dont un port en eaux profondes à Banana dans le Bas-Congo, en échange du gaz et du pétrole congolais.
La Corée du Sud développe déjà un programme agricole à Kwenge dans le Bandundu pour un montant de 9 millions de dollars américains ainsi que d’autres projets sur la production et les techniques agricoles.
La visite du président Lee Myung-Bak est consécutive à celle effectuée en mars et novembre 2010 par les autorités congolaises en Corée du Sud.

7月7日 le jeudi 7 juillet 2011 ブラジルPetrobrasと提携 partenariat avec Petrobras (Brésil)

Le jeudi 7 juillet 2011
快晴。7時、18℃、45%。
寒い。7、8月は寒い。街でデ・ロンギのオイル・ヒータを売っていたが、確かに必要でないこともない。家には暖炉もある。Gecaminesの幹部宿舎だったこの家、昔は暖炉にくべる薪を会社が支給したそうである。貧乏人の僕は、チーコちゃん(猫)を湯たんぽ代わりに毛布をかぶって寝る。

11時、断水。回復は19時半。
16時、停電。16時20分に回復したと思ったら16時50分に再び停電。5分後に回復。

原油探索、試掘、開発で、RDCコンゴがブラジルの会社を選んだ。なかなか面白い選択である。これまで、大西洋のコンゴ河河口のバナナ港沖合いの原油開発、アルベール湖(コンゴの東端、ウガンダとの国境)の石油開発とも西欧と組んでいる。これにブラジルを巻き込んだ。原油もメジャーが全てを握っていた利権の時代は終わった。世界15位というブラジルのPetrobrasがRDCコンゴの炭化水素会社Cohydroと提携することとなった。
欧米ではなく新興ブラジルを選んだのは賢明である。中国や韓国から資金を呼び込んでいるのも欧米一辺倒の支配から抜け出そうとする意思の表れ。本来なら日本もよきパートナーとなれるのだが、Sodemiza(現在のSodemico)のトラウマか、RDCコンゴが戦闘地域と間違って認定されているからか、残念な成行きである。

La RDC recourt au Brésil pour renforcer la capacité de la Cohydro

Le ministre congolais des Hydrocarbures, Célestin Mbuyu Kabango, s’est engagé à redorer l’image de la Société congolaise des hydrocarbures (Cohydro). Pour ce faire, il a séjourné au Brésil, du 18 au 28 juin 2011, avec une délégation des responsables de la Cohydro, pour négocier un appui tant technique que financier, en faveur de la Société pétrolière congolaise, avec les autorités politiques et les responsables de la compagnie pétrolière nationale brésilienne (Petrobras).

En visite auprès de son homologue brésilien, à Brasilia, siège des institutions politiques du Brésil, Célestin Mbuyu a expliqué que le souhait du gouvernement congolais est de voir la Cohydro assurer une bonne distribution des produits pétroliers sur toute l’étendue de la RDC comme le fait la Société Petrobras au Brésil.

Grâce à cette visite au Brésil, une perspective heureuse d’une coopération RDC–Brésil en matière des hydrocarbures pointe à l’horizon. Les accords d’intentions d’exploitation et d’exploration des ressources pétrolières et gazeuses ont été signés entre les responsables de Cohydro (RDC) et ceux de la Société Petrobras (Brésil), en présence du Ministre congolais des Hydrocarbures et la chargée des affaires de la RDC au Brésil.
(以下略、前文はブログ『日本カタンガ協会』に掲載)

07 juillet 2011

7月6日(3) le 6 juillet 2011 ter この木の名前は? le nom de cette plante ?


何方かこの木の名前が分かりましたら教えてください。
丈は2mを越しています。6月になって花が咲きました。
黄色のラッパ状です。

7月6日(2)le 6 juillet 2011 bis チーコちゃん、マーゴちゃんそしてマドンナ Tchico, Mago et Madonna

久しぶりに家族の画像を載せます。
仲良しチーコとマーゴ。
チーコ、満15ヶ月(手前)。
マーゴ、満8ヶ月(白と灰色)。
マーゴはもうチーコと大きさが変わらなくなった。相変わらず食欲旺盛。マーゴちゃんは写真写りがいいね。photogéniqueだ。


マドンナ、18ヶ月。
心配した近所の悪ガキとの子供はできないようで一安心。
次回はタイミングよく嫁入りできるといいね。

7月6日 le mercredi 6 juillet 2011

Le mercredi 6 juillet 2011
快晴。7時、19℃、47,5%。

自動車のパイプを破損したのは、虫ではなく、ネズミのようだ。小さなネズミで、家にいたネズミは何匹か退治した。考えてみれば、ハチくらいで穴をあけるのは難しいかもしれない。パーニャとイボン君はいっていたが、それはスワヒリでネズミのことのようだ。イボン君咄嗟にsouris(スリ)というフランス語がでてこなかったのだ。
(画像は、先月家の中で捕らえたハツカネズミ)

チーコちゃんとマーゴちゃんがいやに最近仲がいい。まえはお互い戦っていたのに。じゃれていただけなのかもしれないが。チーコは7月で15ヶ月、マーゴは8ヶ月になる。マドンナは18ヶ月だ。
(彼女たちの近影は別途アップする)。

マーゴちゃんが窓ガラスを壊して網戸で遊んでいた。ガラスは初めから割れてはいたが穴はあいていなかった。ガラスの破片でよく怪我をしなかったものだ。次の土曜日にガラスをとりかえよう。穴はセロテープを貼って臨時に塞いでおく。

7月4、5日「日本人を父親とし、コンゴに捨てられた子供たちの協会」 Association des Enfants des Pères Japonais Abandonnés au Congo

Le lundi 4 juillet 2011
快晴。7時、18℃、47,5%。

7時、ネット不通。7時35分、回復。

19時05分、停電。10分で回復。

Le mardi 5 juillet 2011
快晴。7時、19℃、47,5%。

乾季に入り天気予報も簡単だが、以前日本の気象庁のHPにルブンバシの天気予報が載っていないことに抗議したことがある。ルブンバシの情報がとれないから予報は出せないと云っていた。僕も空港で気象を観測しているものの、それ以外ルブンバシのどこで気象観測をしているのか知らなかったので引き下がった。ところが、今日、BBCルブンバシを聞いていたら、天気予報を放送したのである。BBCのHPをチェックすると、ちゃんと1週間分の予報が載っていた。気圧や風向まである。どこからデータを手に入れるのだろう。BBCはRDCコンゴではキンシャサ、ルブンバシ、キサンガニの3都市でFM放送を流している。
http://news.bbc.co.uk/weather/forecast/836

19時35分、停電。19時55分、回復。しかし、毎回人騒がせな停電である。

車が3万キロを超えたので、オイル交換をした。今回はイボン君(何回もパンク修理をしてもらっている)のところでオイルを交換した。オイルは前回同様ELFのSEA15-40である。高い。7200フラン(720円)/L。安いオイルもある。他のスタンドでアラブ首長国製のオイルが5L缶で16500フラン(1650円)だから、その値差は相当なものである。しかし、オイルはまともな製品を入れておいた方がいいと思う。

バンパーをあけてみたら、ラジエータのパイプが虫に食われてぼろぼろになっているのを発見した(画像)。ガレージに虫がいるのだそうだ。先ず、虫退治をしないと、修理してもまた食われる。これは面倒なことになった。しかし、どんな虫だろう。蜂がたくさんいるのは知っていたが。今度の土曜日、ケニア地区にパイプ部品を買いに行くことになった。

「日本人を父親とし、コンゴに捨てられた子供たちの協会」の会長ケイコさんと面談した。今年から積極的に運動しようと決意していたのに話が全然進展しないことにかなりイライラを募らせている様子だった。北澤寛治日本大使は、今年になって担当官を決めて、本人は本件にタッチしない姿勢をみせてきた。その担当官が5月に突如ジェネーヴに任地が変わった。突如を思ったのはこちらの勝手で、日本大使は担当官の任期が切れるのを知っていて担当させたのだから性質(たち)が悪い。新たにこられた方が引継ぎされ、前任者よりも一所懸命対応していただいているが、ケイコさんからみれば、フランス語を解さない担当官だから歯がゆいのだろう。
また在ルブンバシのメディアは余程のことでもない限り、金を払わないとニュースとして取り上げないこともわかった。
次の手は、1)ババ州議会議長に、ニュース専門TV局フランス24が去年3月報道した内容(日本人が計画的に帰国前に幼児を殺害したというもの)の真実を探る議会内委員会の設置の要請、2)モイーズ知事を無能だと発言してスキャンダルを起こしている元人権問題担当大臣ムヤンボ氏に日本大使館や日本政府と子供たちの認知や補償問題を取り上げてもらうこと、3)キンシャサの日本大使館にデモをかけ、ハンガーストライキやシットインなどの実力行使をすること。この3点になった。大統領選挙が今年11月末にあるため、人気取りのために政治家連中が注目する可能性はあるが、3)のデモをしないことにはメディアの注目度は低いだろうと思われる。
しかし、ケイコさんはかなり必死の決意のようだ。家財道具を売り払っても、歩いてでもキンシャサに行って大使館に訴えるのだと息巻いていた。彼女が本気になって子供たちの協会メンバー47名が立ち上がれば、ポジティヴな答えが出てくるかもしれない。

7月3日 dimanche 3 juillet 2011 AUアフリカ連合会議 réunion de l'UA à Malabo

Le dimanche 3 juillet 2011
快晴。7時、18℃、50%。、(12時半、室内)23℃、35% (直射日光)56℃、25%。56度というのは推定値。目盛りが550℃までしかない、可能性としてh56℃以上あるかもしれない。(日陰)29℃、25%。
直射日光に当たっていても、耐えられないほど暑くはない。

庭のジャスミン10株のうち3株に花が咲きそうだ。残りの7株は成長が遅い。庭がジャスミンの香りでいっぱいになるにはまだまだ月日がかかりそうだ。

8時、停電。8時10分、回復。短かかった。マドンナの食事を用意している最中だった。

AU(アフリカ連合)の総会が赤道ギニア国の首都マラボで開催された。ここで、AUのメンバ-各国は、リビアのカダフィ指導者に対して国際刑事裁判所から出されいる逮捕状に従わないようにすることが申し合わされた。
カダフィはサハラ以南の不ラック・アフリカでは人気がある。彼らの旧宗主国であるヨーロッパそしてアメリカに長いこと楯突いていたし、オイル・マネーを使って、援助を重ねてきたからだ。AUはリビア内紛の平和的解決のために何回も代表を送っている。しかし、カダフィを説得できないであるのが現状。解決策はないが、カダフィの亡命に手を貸そうというわけだ。
同様に国際犯罪者として手配されているチャドの元大統領ハブレは失脚後セネガルが受け入れた。そうしなければ国際刑事裁判所に送らなければならない。アフリカの枠内でアフリカの問題を解決したいという意思の表れだが、受け入れたセネガルもハブレに手を焼いているし、いまや邪魔者扱いである。
カダフィは殺されて殉教者に祭り上げられたいのか、RDCコンゴあたりに逃げてきて外から吠えるか、選択の幅は狭められてきていると僕は考える。

会議が開催されている赤道ギニア国は、スペイン領だった。アフリカで唯一スペイン語が国語の国である。スペインはモロッコの地中海側にセウタなど領土をもっているが、独立国としてスペイン語が国語なのは赤道ギニアだけである。ガボンとカメルンに囲まれたギニア湾に面した国である。フランスとスペインの妥協でできた小さな人口60万ほどの国。首都マラボはアフリカ大陸側ではなく、カメルンの沖合いの島にある。原油と天然ガスがでるようになったから国の収入は膨大となったが、国民は貧しいまま取り残されている。人口が少ないし、国土も3万km2にも満たない国なのだから、ガヴァナンスによってはボツワナのような豊かな国になれる可能性がある。
日本大使館はない。また赤道ギニアの大使館も日本にない。しかし、赤道ギニアの大統領の来日や日本の外務副大臣の赤道ギニア訪問などがある。
(画像は赤道ギニアの位置を示す地図と首都マラボ)

L'Union africaine entend ignorer le mandat contre Kadhafi
Associated Press
Malabo, Guinée équatoriale

L'Union Africaine (UA) a demandé à ses membres de ne pas tenir compte du mandat d'arrêt international émis contre le leader libyen Mouammar Kadhafi, a confirmé un porte-parole du Bureau du commissaire de l'UA samedi.

Cette déclaration porte une sérieuse atteinte à la capacité de la Cour pénale internationale (CPI) de traduire Kadhafi en justice.

Dans la décision acceptée par les 53 membres de l'UA, il est indiqué que le mandat contre Kadhafi «complique sérieusement» les efforts de l'organisation pour trouver une solution à la crise en Libye.
(以下略)。

7月1、2日 les 1er et 2 juillet 2011 バカンジャ・マゴネU17チーム équipe U17 de Bakanja-Magone

Le vendredi 1er juillet 2011
快晴。7時、気温19℃、湿度55%。

マリジャンさん(「日本カタンガ協会」会長夫人)が日本の友人から手紙が届いたと知らせてきた。手紙は2009年12月に出されたクリスマス・カードだった。
日本からの手紙はこうして時々到着する。何時到着するかは全く保証の限りではない。
今は、ここから手紙を出すとザンビア経由で日本に送られる。2週間から1ヶ月で着く。日本からの郵便物も同様である。キンシャサを経由すると今回の例のように18ヶ月以上かかる。

Le samedi 2 juillet 2011
快晴。7時、19℃、55%。

聖書のルカ伝第15章に「放蕩息子le fils prodique」の話が出てくる。もう死んでしまったと思った放蕩息子が家に帰ってくる。改心しているには違いないが、父親はこの穂等息子の帰還を大歓迎して、召使に一番いい服を持ってくるように命じる。靴や指輪も与え、子牛を屠(はふ)って宴会を開く。祭の最中に、真面目一徹の兄貴が畑仕事から帰ってきて父親を詰(なじ)る。「なんてこった!俺は親父さんの言うことを何時もきいて、一度も逆らったこともないし、糞真面目に働いているっちゅうのに、友達が来ても子山羊一匹もらったこともないぞ。ダメ餓鬼、不良な弟が帰ってきて、このざまだ」と
僕は、不幸な兄貴だな、といつも思う。仕事が辛いのだろう。好きな仕事でもないのかもしれない。宴の中に弟を発見して、駆け寄り抱きしめて、「よくぞ帰ってきた、死んだと思っていたんだ。よかった、よかった」というのは人が良すぎるのか。兄はこの弟に昔から嫉妬していたのだはないかと思う。また、「放蕩息子のその後」というのは語られないが気になるところである。

C君の様子を見にマゴネ・ハウスMaison Magone(サレジア会)に行った。もう逃げ出したかと心配だったが、顔色も良くなって元気そうだった。サッカークラブに入れてもらったのだそうだ。マゴネには、サッカー、バスケット、バレーそしてハンドボールのチームがある。
サッカー・パンツやシューズはあるかと訊くとないというので、ルブンバシのマルシェ(市場)に一緒に買いに行った。紺地に黄色のラインが脇にはいっているパンツと赤のパンツを選んだ。8000フラン(800円)。靴はアディダス。多分偽物だろうが、見た目はしっかりしていた。30ドル(2400円)。部屋の蚊帳は穴があいていたので、蚊帳も買った。250円。
C君の部屋が変わっていた。中庭の奥の部屋で、シャワーやトイレに近くなった。アラン神父さんたちと同じ部屋。
(画像はバカンジャ・マゴネU17、ネットから)

01 juillet 2011

6月30日 le jeudi 30 juin 2011 独立記念日 anniversaire de l'Indépendance

Le jeudi 30 juin 2011
快晴。7時、19℃、47,5%。
RDCコンゴ独立記念日。今年はカビラ大統領がルブンバシに来て記念日の祭典を行う、先週来軍隊が市の中心部を警戒している。不穏な噂がないこともない。
今日はどこにもでかけないで、家にじっとしているに限る。

ゴッフルを作った。矢曜日、シスタ・アスンタさんのところで作っているのをみて粘度がわかったのである。材料(鶏卵、小麦粉、パター、ミルク、砂糖)は同じだったのだから、あとは粘度(材料の配合の問題だった。粘度がゆるいとゴッフルが硬くなる。配合はキジを練りながらでも調節できる。今日は大成功。コツが分かれば応用が利く。大きさを変えたり、バニラ等のエッセンスで香りをつけたり、色付けもできるのである。

ネット不調。ときたましか繋がらない。ブログ更新困難。22時過ぎ、やっとネットが多少安定してきたので急いでブログ更新作業にはいった。

日本のTさんから3月に頂いた蝿叩きで大きめな蝿を殺した。蝿は蚊に続いて第2の敵である。

下記に引用したような記事を掲載すると在キンシャサ北澤寛治日本大使などは喜ぶかもしれない。「ほら、ルブンバシは危険なんですよ。外務省の安全情報ページを変更しなくてよかった」と。こんな事件は首都キンシャサでは日常茶飯事であるし、日本のニューズを読んでいると、日本はもっと殺伐であるにも拘らずである。
日本大使館から僕らカタンガ在住者の安否を気遣う連絡はなかった。それほどに小さな事件なのだが、今年2月にルブンバシ空港で起きた茶番劇も、北澤大使は「空港占拠」といった事実に反して針小棒大に扱っているから、これからが心配である。
AFPなどの報じるところによると、ルブンバシの工業地区にあるVolcano Mining社の倉庫が武装した数人に襲われ、警察が2人を射殺した、というもの。これが今日カビラ大統領が来てパレードを行う独立記念式典と関係があるかどうかは不明。
(画像はルブンバシの市街)

RDC: attaque d'un dépôt de minerais à Lubumbashi, 2 assaillants tués
(AFP) – Il y a 1 jour

LUBUMBASHI — Un dépôt de minerais d'une société privée a été attaqué dans la nuit de mardi à mercredi dans le sud-est de la République démocratique du Congo "par un groupe de bandits armés" dont deux ont été tués par la police, a déclaré mercredi le gouvernement.
"Il y a eu tentative de vol à main armée par un groupe de bandits armés sur le dépôt de minerais de la société privée Volcano Mining", dans le quartier industriel de Lubumbashi, chef-lieu de la riche province minière du Katanga, a déclaré à l'AFP Lambert Mende, le porte-parole du gouvernement de la République démocratique du Congo (RDC).
"Deux assaillants ont été tués, deux autres arrêtés par la police. Ils sont entrés dans un grand camion et voulaient prendre probablement des minerais", a-t-il précisé.
Plutôt dans la matinée, une source militaire avait déclaré à l'AFP qu'"un dépôt d'armes de l'armée congolaise a été attaqué dans la nuit par un groupe d'hommes lourdement armés".
"C'est vrai qu'un dépôt de munitions se trouve dans le même quartier mais n'a pas été touché", a ajouté le ministre, assurant que le calme règnait dans la ville et que la police recherchait les assaillants.
Des tirs nourris ont été entendus pendant une heure entre les militaires et les assaillants, a-t-on appris mercredi de sources militaires.
Cette attaque est la deuxième en moins de six mois, après celle de février à l'aéroport de la ville où des assaillants avaient vidé un dépôt de munitions.
Lubumbashi abrite jeudi les festivités du cinquantinième anniversaire de l'accession de la RDC à l'indépendance. Le président congolais Joseph Kabila qui y séjourne déjà, doit prononcer un discours avant un défilé militaire et des forces vives de la nation.
Pour ces festivités, plus de 6.000 militaires de la garde républicaine y sont déployés.
Ancienne colonie belge, la RDC a accédé à l'indépendance le 30 juin 1960, avec comme premier président Joseph Kasa-Vubu renversé en 1965 par l'ex-dictateur Mobutu Sese-Seko, qui régna sans partage jusqu'au coup d'Etat de Laurent-Désiré Kabila en 1997.
Joseph Kabila été élu en 2006 à l'issue des premières élections démocratiques du pays, après avoir remplacé son père, assassiné en 2001.
Des élections présidentielle et législatives sont fixées au 28 novembre prochain et le président Kabila devra se représenter.