晴れ。7時、22℃、70%。
マドンナが下痢をした。嘔吐はしなかった。今朝の食事も昨日に続いて豚足だったけれどそれが悪かったのかなぁ。僕が腹痛のとき、幼時のころから飲むビオフェルミンをマドンナちゃんに飲ませてみた。経過良好。
洋の東西また南北を問わず、有名になればなるほど芸能界・芸能人というのはファンを忘れてしまうようである。とくにRDCコンゴの歌謡界は不透明なところ、特殊な体質があるところと思われる。もう若くはない、大御所といってもさしつかえない歌手となったオロミデKoffi Olomideがフランス官憲に空港でつかまった。弁護士の努力で裁判を待つことなくキンシャサに帰ってきたが、容疑は深刻である。未成年婦女暴行・監禁、また人身売買。不祥事などというものではない。2004年にはこれも有名なパパ・ウェンバが人身売買、公文書(旅券)偽造のかどでフランス司法当局から有罪判決を受けている。ベルギーで訴追された歌手にはワゼクワFelix WazekwaをはじめロンゴNyoka LongoやウェラソンWerrason等の名前があがる。
この背景には、コンゴ芸能界の暗い体質がある。有名になると「パトロン(親方)」と呼ばれ、自分のオークストラやダンシング・チームを組織する。これらの取り巻きは多くがストリート・チルドレンだったり貧困層出身である。雇用契約などない。「パトロン」も絶対服従を要求する。歌手の間での嫉妬は凄まじく、相手の取り巻きに攻撃をかけ自分の軍団に取込もうとすることもしばしばだ。相手を密告したり、誣告したりと魑魅魍魎。
オロミデは女性にもてると「うぬぼれ」ており、自己顕示欲が強く、驕りたかぶっていて、さらにケチなのだそうである。こう悪口を並べられるとどこまでが客観的に事実か信じがたい。しかし、「パトロン」と呼ばれていい気になって、回りを奴隷視する傾向がきっとあるにちがいない。
おかげで、ファリFally IpupaやC君が大好きなフェレFerre Golaのパリ公演が中止になった。
ファノンFranz Fanonは「植民地の現地人は妬み深い」また「親方(colon)のようになりたいと一日として夢見ない日はない」と書いた(『地に呪われたる者』、原題は『Les damnés de la terre』(1961)で『この世で地獄を味わっている人々』と訳すべきだろう)。けれどもまさに19世紀末のベルギー人の「パトロン」のようにオロミデがふるまっていることは確かなようだ。いやオロミデだけでなく大物と呼ばれる歌手たちが。
「パトロン」ともなると、人気の源泉はファンであることをわすれてしまうのだろうか。
RDC : l'affaire Koffi Olomide et les obscures pratiques du monde de la musique congolaise
27/02/2012 Par Muriel Devey
© Seyllou/AFP
Mise en examen en France pour viol et séquestration, la star congolaise a nié les faits, avant de s'envoler aussitôt pour Kinshasa. Au-delà de la véracité de ce qu'on lui reproche, l'affaire met en lumière les pratiques parfois douteuses du monde de la musique congolaise, notamment envers les femmes.
Les musiciens de la République démocratique du Congo (RDC) n'en finissent décidément pas de défrayer la chronique judiciaire, le plus souvent pour des affaires de faux documents ou de trafic d'êtres humains. Après Papa Wemba, condamné en 2004 en France, puis récemment en Belgique pour aide au séjour irrégulier de clandestins, Félix Wazekwa, reconnu coupable en 2010 par la justice belge de traite d'êtres humains puis acquitté, ou encore Nyoka Longo et Werrason, incarcérés en Belgique pour des affaires de faux visas puis libérés, c'est au tour de Koffi Olomide, 55 ans, de se retrouver dans le collimateur de la justice.
Mise en examen le 13 février à Nanterre, en France, pour « viol sur mineures, séquestration, actes de barbarie en bande organisée et trafic d'êtres humains », la star congolaise est rentrée dès le lendemain à Kinshasa sans attendre la décision du juge des libertés de le placer ou non en détention provisoire. Son avocat, Me Manuel Aeschlimann, a déclaré que son client s'était présenté « de son plein gré » à la justice et que le dossier d'instruction était « complètement vide », la plainte des trois femmes, ex-danseuses du musicien, n'ayant pour but, selon lui, que l'obtention d'« un titre de séjour temporaire ».
Homme à femmes
À Kinshasa, cette affaire révèle à nouveau certaines pratiques propres au milieu de la musique, caractérisé par une concurrence forcenée entre orchestres qui tourne à la paranoïa. « Pas question pour un membre d'un groupe d'entrer en contact avec l'adversaire. Si l'un d'entre eux ose assister à un concert de l'ennemi, c'est grave. Il encourt immédiatement les foudres de son patron », explique un musicien kinois. Du coup, notamment en période de gestation d'un album ou de préparation d'une tournée, chacun garde jalousement les siens. Très jeunes et souvent issues de la rue, danseuses et choristes sont surveillées de près de peur qu'elles n'aient des relations intimes avec l'ennemi. Les leaders redoutent d'être « travaillés » par l'adversaire, via les femmes notamment. La troupe est donc quasiment maintenue en isolement pour « préserver » son chef. Faute de contrats en bonne et due forme, tous les membres du groupe sont donc à la merci du « patron », en particulier à l'extérieur de la RDC.
Koffi, connu pour être un homme à femmes, ne dérogerait pas à la règle. Très m'as-tu-vu, il aime en outre étaler les signes extérieurs de sa réussite, en particulier ses voitures, dont son Hummer. On lui reproche aussi son arrogance et un manque de générosité.
Disques d'or
Le « petit » de Papa Wemba n'en reste pas moins une star mondiale capable d'aligner une kyrielle de disques d'or et de distinctions. Il est l'un des rares musiciens de sa génération à avoir fait des études supérieures, à Bordeaux (France) notamment. Au fil des ans, ses fans ont changé. Son style aussi. Ses textes sont de plus en plus osés et ses danseuses de moins en moins vêtues. Au point que des parents éteignent la télévision quand ses clips passent sur le petit écran. D'autres s'offusquent de ses chansons à la gloire du président Joseph Kabila. Mais ses jeunes admirateurs ne s'encombrent guère de ce genre de considérations et rêvent d'être reçus dans la maison du leader de Quartier Latin international, son orchestre, située dans le cossu quartier Mont Fleuri, à Kinshasa.
Reste que les déboires judiciaires en série des musiciens congolais ont eu pour conséquence de compliquer leur obtention d'un visa pour se produire en Europe, ce qui conduit parfois à l'annulation pure et simple de concerts, comme ceux de Fally Ipupa et de Férré Gola prévus à Paris au début de l'année.

『翼賛議会よ、さらば』(電子新聞「Direct!cd」)というのが下記のタイトルだが主張は甘すぎる。下院の定数は500人。今回の選挙で再選されたのは100名に満たない。現職の強みは全く発揮されなかった。選挙民の審判は厳しかったといえそうだ。しかし、不正が横行した選挙。実際は地元に利益を落とさなかった(道を作る、学校や病院を建てる、橋を架ける等々)または落とせなかった現職が、選挙中に金をばらまいて(オートバイを有力者に配る、橋を修理すえる、学校の授業料を肩代わりする等々)票集めをし、さらに選管と結託して得票数を粉飾した候補者に敗れたケースを枚挙するにいとまがないことをかんげれば、選挙民の審判などといった美辞ではすまされない。
最大野党UDPSの党首チセケディがドイツ大使に招かれて大使公邸で昼食をとった。昨日24日(金)のことである。大使の意図や如何に。カビラの再選という結果を受け入れるように説得したのか。ならば交換条件は何か。渦中の人物チセケディに意味もなしにドイツが動くことは考えられない。
以下の記事はDigitalCongoから。このDigitalCongoは大統領の双子の妹ジャイネットJaynetがオーナー。
Sud-Kivu : acheter au Burundi, faute de pouvoir produire en RD Congo
中国のアフリカ大陸におけるプレゼンスは日に日に拡大している。RDCコンゴにおいてもしかりで、Minmetal Resources(五礦資源有限公司、MMR)オーストラリア・カナダ系のアンビル・マイニングをついに13億ドルで買収した。これは去年秋から買収の話が出ていて既報である。当ブログ2011年10月3日および同年12月23日参照。
今年のベルリン映画祭でRDCコンゴの少女ラシェル・ムワンザRachel Mwanzaさん(15)が銀熊を受賞し
国立公園の新設がまもなくされる。マニエマ州(州都キンドゥKindu)、RDCコンゴの東端南キヴ州の西側、
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昨日金曜日の14時半のことであった。ルブンバシからの帰路、マチピシャ地区にさしかかったところで交通渋滞があった。大統領ファミリーがオーナーといわれるガソリン・スタンド「デボラ」のところで交通遮断されている。なにやら不穏な空気。そこで早速Uターン。他に道がないので大幅な回り道をしなければならなかった。
DCコンゴに駐留する国連平和維持部隊Monuscoは、カトリック教会の平和デモ阻止について「憂い」を表明した。だが「憂い`preoccupation」だけでいいのか。EUがRDCを批判したために、RDCコンゴの通信放送大臣が「内政干渉するな」との声明を発した。しかし、都合が悪いと内政干渉というのは表現の自由がない国の常である。在キンシャサのフランス大使リュック・アラド氏は「友好国だからこそ、民主主義の道を歩んで欲しいからこそ苦言を呈するのだ」と反駁し
今日はカトリック教会がRDCコンゴ各地で先の選挙(大統領および国会議員)の不正に抗議して平和デモを組織する日だった。
キンシャサの公衆トイレ事情を以下に引用した記事がレポートしている。公衆トイレがベルギー植民地時代に作られたまま独立後全く不存在であるため、キンシャサの街のいたるところで汚臭がする、またRDCコンゴでは1000万人以上がトイレではなく屋外、野天で用を足しているという汚い話だ。
国会議員は敬称をつけてオノラーブルhonorable XXX議員氏と呼ばれる。「尊敬すべき」という意味だが、日本でいう「議員先生」ということである。
昨日ブカヴでプライベート・ジェットが事故を起こした。ブカヴは南キヴ州の州都。ルブンバシの北北東1020km。いわゆる紛争地帯にちかい。犠牲者は3人。しかし、その内の一人がカタンガ州だけでなく、全国的に有名な人物だった。カビラ大統領の側近中の側近。大統領と歳が近いこともあるのだろう。30歳前半でカタンガ州の知事を務めたこともある。もと銀行家。カビラ大統領に会うためには彼を通さなければならないといわれていた。国連のレポート(2002年)では、50億ドルを下らないレア・メタルの密輸出をしたといわれる黒幕中の黒幕である。その名はムワンケAugustin Katumba Mwanke氏(48歳)。
rash d'un avion en RDC: mort d'un conseiller de Kabila et de 2 Américains
世銀が国際機関としては初めてRDCコンゴに対する経済制裁を行う。昨年11月28日に行われた大統領選挙と国会議員選挙の不正が、民主主義にもとるというわけである。但し、エイスやマラリア対策、食料、教育に関して援助を継続するとしている。
来る2月16日、カトリック教会が平和的デモを組織する。1992年同日、独裁者モブツ時代にカトリック信者たちが立ち上がって全国的デモを繰り広げた。その日多大の犠牲者が出たようだ。しかし、このデモが引き金になって後々打倒モブツの機運が盛り上がったのである。去年11月末の大統領選挙の正当性について野党は争ってきたが、これまで大衆運動に発展していない。チセケディの不服従やゼネストの呼びかけも犬の遠吠えに終わっている。もし16日のデモにも国民が無反応な場合、カビラ反対派はなす術をもはやもたなくなる。果たして実効的反対の声を上げることができるのか。極めて重要な日になろう。
Le jeudi 9 février 2012
隣家の牧師は子沢山。この子供たちが育ちが悪く、僕の家を興味津々で覗くのである。僕が庭にいても「ボンジュール ムシィユ」と挨拶もできない。可愛げがない。いやな奴らがきたなぁ、と思っていた。そしたら今朝牧師が垣根の枝を払いはじめた。隣家から僕の家が丸見えじゃないか。文句をいっても聞き入れない。庭師アンドレがきたところで、塀の上に筵を貼り付けた。
DCコンゴの第3の都市であるキサンガニ(オリエンタル州の州都)の電気工事をベルギーの会社CELECが担う。古くなった地下埋蔵電線やトランスなどを交換する。工費2350万ドルのうち95%以上をベルギーが負担する(無償供与)。この月曜日に工事が開始された。本来は電力会社SNELが行うべき工事だが手が回らないらしい。SNEL自体、電力供給能力は持っている。電力は通常の場合輸出できるほどの余裕がある。キサンガニに限らず、キンシャサでもルブンバシでも中低圧の配電distributionの設備が古くて問題なのだ。
下記の金鉱開発のニュース、どこかで聞いたことがあるとおもって僕のブログを検索したら、一昨年2010年7月24日にオリエンタル州キバリ金鉱山について書いていた。記事の内容は今回の記事と変わりない。一昨年もまもなく試掘ではなく本格掘削生産にはいるだろうとあったのだ。「まもなく」が1年半とはおそれいる。世界有数の金鉱山がキバリ鉱山らしい。マリ国のモリラ金鉱山に匹敵する世界一の金鉱山だと南アのRandgold社の社長は太鼓判を押している。しかし、搬出(輸出)経路の整備、従業員住宅、学校、病院等々の建設に時間がかかっているのだろうか。結論的には、今年中に本格生産に入るということらしい。
理に年次レポートを提出する。この国連ミッションは今年6月期限が来る。成果を問われるわけである。選挙は終わった。その結果の信憑性には問題があるが、ともかく終わって、その後大きな内戦などはなかった。しかし、コンゴ内にいるルワンダ系やウガンダ系の外国軍の動きは予断を許さない。結局さらに12ヶ月延長ということになるのであろうと僕は思う。Monuscoは1月はじめから、選挙後国内難民が大幅に増えたとアドバルーンをあげていた。また、国連事務総長次長、フランス人のHervé Ladsous氏が先月24日から27日までRDCコンゴを訪問した。これもミッション延長の是非を調査していたにちがいない。
RDCコンゴに対するアメリカの外交政策がわかってきた。米上院で国務省アフリカ局のドナルド・ヤマモトが証言している。要は選挙の不正は確かだが、選挙をしたということだけで一歩前進だ、長期的に見て関係を保持していく、というものだ。ドナルド・ヤマモト氏はその名前から日系人と思われるが、前エチオピア大使。エリトリア、ジブチなどでも大使を務めている。アフリカに詳しそうだ。