Le mercredi 6 mars
2013
6時、快晴、24℃、67.5%。9時半、曇ってきた。今朝の朝焼けは素晴らしい茜だったのに。
英語の履歴書を用意しないといけない。というのも、先ごろ訪問したここキプシ市に新たに来た世界企業アイヴァンホーIvanhoeの現地会社KicoのプロジェクトマネイジャーZ氏に会って打診したところ、言下に断られるかと思ったら、ともかくCVを出してくれとのことだったからである。僕はRDCコンゴに来てから全く無給である。去年2012年くらいに日本企業が進出してくれて、そこに就職する積もりだったが、全然日本企業が来る兆しがなかった。これには参った。そのためNPO「日本カタンガ協会」にお金を貸して事業をしてもらい、「協会」が得た収入から給与を払ってもらうことにしたが、十分な原資を「協会」が稼げるかとうか不透明な部分がある。従って、僕がもしどこかで働けるとしたらそれに越したことはないのである。日本企業なら必ずや雇ってくれると思うが、アイヴァンホーはカナダだし、Z氏は南ア人だし、彼らのカルチャーを知らないのでちょっと不安。
生の白インゲン豆を行商のルーシーおばさんから買った。ネットで調べたら白インゲンには毒素があるので、十分に煮るようにと書いてあった。白インゲンが毒とは知らなんだ。
ゴマに墜落した旅客機の犠牲者は最終的に死者7名生存者3名であったが、保険問題が持ち上がっている。航空会社CAAはコンゴで保険をかけていなかったことが判明した。法律上は付保義務がある。従って、保険をかけていない場合運行を停止させるべきではないのか。CAAはコンゴ唯一の国営保険会社を信用せず、海外で保険をかけていたらしい。だから運行できたのかもしれないが法律違反には違いない。
しかし、ここの保険会社Sonasは最低の保険会社で、金だけ取って支払いが極めてしぶい。「日本カタンガ協会」会長キュングの親戚が怪我で12ヶ月入院していた。入院治療に対して保険がかけられていた。ところがSonasはなかなか払ってくれない。数ヶ月以上交渉してやっと保険がおりた。それもキュングがSonasの幹部を個人的に知っていたからまだ「早かった」という。同様に、「協会」が運営しているタクシが事故に巻き込まれた。500ドルほど修理にかかったが、これを支払ってもらうのに半年かかった。しかも翌年の保険料と相殺してやっとである。Sonasにまつわる話は多々ある。日本の保険会社も評判が悪いがコンゴの保険会社Sonasは論外であろう。これも競争がない独占会社だからである。
一日もはやく海外、とくに米国の保険会社がコンゴで営業できるようになることを希う。
ケニアでは大統領選挙が3月3日実施された。その選挙運動中に暴力事件がかなり発生した。選挙結果はまもなく発表になるだろうが、不正はミニマムなようだから平和裏に結果を受け入れて欲しいものだ。
西アフリカのギニア(首都コナクリー)では5月12日に国会選挙がある。2010年の大統領選挙は極めて民主的に行われ、民主主義がこの国で定着したかにみえた。ところがである。月曜の夜のデモで死者2名負傷者7名を出した。ここ1週間で死者8名、負傷者200名とはかなりの暴力である。
政治運動が、ともすると民族問題になるのがアフリカであるが、大統領コンデAlpha Conde氏はマリンケ人malinkeで、セル・ディアロCellou Dalein Diallo氏が率いる野党はプル人peulsという構図のようだ。
東京のギニア大使館には僕の友人が働いている。僕が始めてパリに行ったときからの友人である。おかげで大使館からお仕事をいただいた。だからコンデさんやディアロさんというのはギニア国に5万といる名前だと知っている。でも、これまでプルだマリンケだと仲が悪いとは知らなかった。プルやマリンケについてはマリーズ・コンデMaryse Condé『セグSégu』を読んで習った。小説の時代背景は18世紀である。僕たちは21世紀。いい加減人種、民族問題を政治と絡めるのはやめなければならないと思う。西欧による植民地政策の後遺症にちがいないのだ。
ギニア大統領アルファ・コンデ氏 |
Guinée: 2 morts et 7
blessés par balles dans de nouvelles violences à Conakry
Slate Afrique avec
l'AFP
Deux personnes ont été
tuées et sept blessées par balles dans la nuit de lundi à mardi à Conakry, en
Guinée, où des tirs ont été entendus dans plusieurs quartiers pendant plusieurs
heures, a appris l'AFP de source hospitalière et auprès de proches des victimes.
野党のセル・ディアロ氏 2010年の大統領選もコンデ氏と争った。 |
"Nous avons eu
deux morts par balles et sept blessés par balles", a déclaré un médecin
d'une clinique de Conakry, information confirmée par des membres des familles
des victimes.
Ces violences sont
intervenues pendant que des "hommes en uniforme accompagnés de
civils" pillaient des quartiers de la capitale guinéenne en majorité
habités par des Peuls, dont celui de Cosa où les morts et les blessés ont été
recensés, selon ces sources.
On compte désormais
huit morts et plus de 200 blessés depuis près d'une semaine à Conakry dans des
violences impliquant les forces de l'ordre, des opposants, des pillards, des
commerçants, des jeunes et des membres de différentes ethnies.
Les divergences
politiques en Guinée recoupent le plus souvent les divisions ethniques,
particulièrement celles entre Peuls et Malinkés.
Le principal parti
d'opposition, l'Union des forces démocratiques de Guinée, est dirigé par un
Peul, Cellou Dalein Diallo, rival du président Alpha Condé, un Malinké, qui
l'avait battu au second tour de la présidentielle de novembre 2010.
Ces nouveaux incidents dans un pays à
l'histoire marquée par la violence politico-militaire depuis son indépendance
de la France en 1958, se déroulent à un peu plus de deux mois d'élections
législatives, maintes fois reportées, dont la préparation est contestée par
l'opposition et qui sont prévues le 12 mai.
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