01 novembre 2017

10月1日~31日 『暴力に縛られて』ヤンボ・ウオロゲム 『Le devoir de Violence』Yambo Ouologuem

le dimanche 1er octobre 2017
6時、快晴、25℃、42.5%。

電力メーター数字、16916kWh。9月消費電力358kWh。半月休暇で家を空けていた割には多い気がする。休暇の間、外灯を昼間も点けっぱなしにしておいたので節約がきかなかった所為があるかもしれない。

コンゴは電力が足らないというのに、電力会社は節電の宣伝をしない。前カタンガ州知事モイーズ氏が街頭で、消費電力の少ない電灯を使うよう住民を説得している姿をTVでみたことがあるが、昼間も屋外灯を点けている家や店が多い。メーターを設置している家が少なく、見なしで電気料金を請求されているところが大部分で、節約する気が人々にない。教育宣伝がされていない。定期停電をする位なら、節電教育をすべきであろう。

le lundi 2 octobre 2017
5時半、快晴、25℃、42.5%。

6時5分前に停電。今日は前回停電から9日目である。10日毎に停電になったと云ったのは何処の誰だ。だから5時半に起きて「万が一」に備えたのだが、「万が一」どころの確率ではない。ところが、6時20分になって電気がきたのである。さぁて、さて。

コーヒーが切れたので、日本に一時帰国したNさんに頂いた緑茶を飲んでいる。静岡の老舗のお茶だ。美味しい。リプトンのグリーンティーというのもあるが、味も香りも全く違う。中国にも緑茶があってルブンバシで買ったけれども濃いお茶にはならなかった。製法が異なるのか。

スペインではカタルーニャ独立を問う投票が昨日あった。マドリッドの反応は投票妨害を官憲がするなど過剰だった。スペインの歴史からみても、バルセロナ地方が独立しても不思議はない。この事情はコンゴのキンシャサとルブンバシ(カタンガ州)と似ていなくもない。カタルーニャを独立させてもいいじゃないかと思う。スペイン経済には痛手だが。

le mardi 3 octobre 2017
5時半、快晴、26℃、40%。

「予定通り」6時5分前に停電。

「ザンジバル紀行2」
ザンジバルの首都通称ストーンタウンはオーマンが築いた町だろうが、規模が小さくモロッコのフェズなどのメディナに比して面白くないという印象を2013年に初めて行ったときに書いた。その印象は変わらない。
この街には伝統的にインド人も多い。インド人にもイスラム教徒が多いはず。しかし、ヒンズー寺院もいくつかある。カトリック教会もあった。いくつもの宗教が共存している。それでもコンゴのようにバイブルをもとにした新興宗教が林立している姿はみられないようだ。
今回は地図をみて、ペルシャ風呂を訪ねた。Hamamni Persian Bath。何故ペルシャ風というのか。アラブやトルコの風呂ハマムと変わらないように思えた。残念なのは遺蹟化していることである。実際に風呂として運営して欲しいものだ。混浴が無理なら、アルジェリアのように男女を午前午後または曜日によってわけて使えばいい。力まかせに身体をよじってくれる男性マッサージ師がいてもいいし、女性用にはインドの油で美容マッサージを提供するのもよい。レストラシオンは難しくなかろう。

ザンジバルはイスラム圏になるだろう。タンザニア本土、特に都会には回教徒だけでなくキリスト教徒も多いが、ザンジバルはイスラム色が強い。しかし、テロとは今のところ縁がない。危険度は欧州よりも低いと思える。

ザンジバルは島全体が白い砂浜で囲まれている。今回初めて東海岸のジャンビアーニJambianiでも海を堪能した。ホテルはここが一番良かった。休暇中、1泊50ドル程度のホテルしか泊まっていない。ザンジバルではストーンタウン、ジャンビアーニ、ヌングウィにそれぞれ2泊しているが、ジャンビアーニで泊まったホテルは海岸に接していて食事もベストだった。エビなど海鮮料理が手ごろな料金で、シェフの手並みも悪くなかった。

これも以前書いたことだが、アフリカの旧英国植民地の国々は飯が不味い。ところが、今回に限っては、観光地ではかなり改善しているのではないかと思えた。

le mercredi 4 octobre 2017
5時、快晴、26℃、40%。

朝7時半に出るために早起きした。5時45分、見事な朝焼け。

聖フランシスコの日だった。アスンタ佐野シスターのフランシスコ会では特別なミサがある。参加したかったが、仕事があってむりだった。
アッシジのフランシスコは聖人の中でも特別な聖人である。聖フランシスコは宗教改革が始まる16世紀よりもはるかに以前12世紀の聖人だ。十字軍はその前世紀末から始まっていた。第5回十字軍がアラブと戦ったとき、聖フランシスコはアル=カミールに直接会って和睦を勧めると同時にキリスト教への改宗を申し出ている。蛮勇ともいうべきかもしれないが、その行動力にはまいってしまう。敵地に兄弟弟子とふたりで乗り込んだのだ。日本語Wikipediaではこの会見を無視しているが、特筆すべきじゃないだろうか。

le jeudi 5 octobre 2017
5時半、快晴、26℃、42.5%。

le vendredi 6 octobre 2017
6時、快晴、26℃、50%。

大発見。庭のアボカドの木に実がなっている。2本植えたうちの1本だ。隣家の古いアボカドの木がこちら側に枝を伸ばして、これも実がなっている。今年はアボカドの豊作になりそうだ。もう1本の家のアボカドの木には相変わらず実がない。パパイヤのように雄株と雌株があるのだろうか。

le samedi 7 octobre 2017
6時、曇り、26℃、45%。雨季に入る前の「マンゴー雨」が近いと思われる。

昼間、とにかく暑かった。ぼーとしている。夕方、熱を測ってみると37℃を超えていた。怠いわけだ。早寝しよう。
パナドールで熱を抑えたが、今度は下痢。夜中じゅう何回もトイレに駆け込む羽目になった。ビオフェルミンを飲んでも効果がない。細菌性?熱があるから下痢を誘発しても不思議はないが。
マラリアかもしれない。明日、症状が続くようならドンボスコ病院に行こう。
昨日一昨日と蚊に刺された記憶がある。

le dimanche 8 octobre 2017
6時半、快晴、27℃、45%。

熱は平熱(36°2分)、下痢はも止まった感がある。しかし、ふらふらする。カスンバレサ行きは諦める。それに旅券がキンシャサに行っているのでカスンバレサには行けない。来週にしよう。

14時45分、雨がパラパラと降ってきた。6か月ぶり。今日は大雨にはならないだろうが、上空の電波状態が悪いのだろう、サテライトTVが一時受信できなくなった。雷の音がしている。

昼、お粥を作った。玉子、バター、梅干し入り。お米はタイに出張したNさんが日本食品店で買ってお土産にくれた新潟の「コシヒカリ」。梅干しはHさんから頂いたものだ。贅沢だなぁ。お粥を作ったのは初めて。ご飯を炊いて食べられない時代には、お粥にしてお腹を満たしたに違いない。

le lundi 9 octobre 2017
5時45分、快晴、26℃、50%。

13時、ルブンバシでは激しい雷雨があった。昨日日曜日のキプシの雨は15分も続かなかった。

le mardi 10 octobre 2017
5時45分、曇り、26℃、60%。

夕方6時、小雨。

胃酸過多を抑える薬としてZantac(グラクソ社)があるが、そのジェネリックであるAcilocを10錠購入。インド製。Zantacは奇跡の薬だった。6000フラン(450円)。RanitidineとしてWikipediaに説明がある。

滞在ビザがとれた。12か月。30ドル。とってくれた仁に交通費として20ドル。計50ドル。キンシャサの外務省の直接発行ビザで移民局(DGM)ではない。DGMは外務省の傘下の機関だ。数次ビザなので、いちいち出国ビザ申請もいらない。ありがたい。

le mercredi 11 octobre 2017
6時、快晴、24℃、65%。

このまま雨季に入ってしまったら?

中華食品店で馬鈴薯を買った。スーパーよりも大きい。豆腐のついでに求めた。まさか馬鈴薯まで中国からの輸入でもないだろう。中国人の農園で作っているのかもしれない。
インヴォイスをみたら「土豆」と書かれている。土豆とは面白い。しかし、調べてみたら「馬鈴薯」ともいうようだ。

le jeudi 12 octobre 2017
5時半、曇り、24℃、60%。

チーコちゃんがホットで、僕のベッドでシミをつける。以前のように膿の混じったシミではないが、困ったなぁ。自然のことだけれど、スイスなら排卵日を変える薬もあるけれど、ここでは見たことがない。チカちゃんのときは薬で抑えた。チーコちゃんの所為ではないから我慢するしかない。

le vendredi 13 octobre 2017
5時半、快晴、24℃、65%。

6時5分、予定通り停電。

キンシャサからザンビアとの国境カスンバレサまでの光ファイバー敷設が今月完了したそうだ。途中バンドンド州、カサイ州を通って、カタンガ州を縦断する3300kmの工事を中国輸出入銀行がファイナンスした。2億ドル以上。ここまでに3年を要した。これは悪くないニュースである。ザンビアやタンザニアは既に光ファイバー網を持っているらしいから、インド洋までつながったということだ。
では、これがどう国民生活と関わってくるのかがまだわあらない。逓信省のラ・ポストが運営するようだが、データ通信が国民に広くまた安く解放されるのか不明。

le samedi 14 octobre 2017
6時45分、快晴、24℃、60%。

le dimanche 15 octobre 2017
6時半、快晴、24℃、37.5%。

le lundi 16 octobre 2017
5時半、快晴、24℃、30%。マンゴー雨の「後遺症」がなくなって完全に暑さがぶり返してきた。11月の本格的雨季までこの暑さが続くだろう。

ネコちゃんの食品(缶詰、ビスケット)が多少スーパーの棚に並ぶようになった。3か月ぶり。

リベリアの大統領選挙は元サッカー選手の英雄と現大統領の副大統領を務めている候補者との決選投票に持ち込まれた。

le mardi 17 octobre 2017
5時45分、快晴、25℃、30%。

フランス文化センター図書館でYambo Ouologuemの『Le Devoir de violence』を借りた。作者はマリ人、14日に77歳で亡くなった。メディアで大きく扱われたが、僕には未知の作家だった。『Le Devoir de violence』は処女作。1968年の作品というのが気になった。パリで「革命」(Mai 68、68年5月)があった年である。
剽窃問題があって、作家Ouologuemは抹殺された。この作品は再評価されて2003年に再発行されている。背景には、大方のアフリカ奴隷貿易の見方、アラブと白人の犠牲になったという見方と違う歴史を語ってしまったということがあるらしい。要検証。


le mercredi 18 octobre 2017
5時45分、快晴、26℃、30%。

le jeudi 19 octobre 2017
6時、晴れ、28℃、45%。室内28℃で自然と汗がにじむ。外は多少涼しいが、空気が重い。

le vendredi 20 octobre 2017
6時、快晴、28℃、40%。

le samedi 21 octobre 2017
7時、快晴、28℃、40%。

le dimanche 22 octobre 2017
7時、快晴、28℃、40%。

夜中に停電。定期停電は明日の筈。17時45分回復。この停電は長かったが、僕の家のある地域だけでなくキプシ全体だったようだ。となると、また電線盗難かな。

『Le Devoir de violence』(Yambo Ouologuem)の第1章、La Legende des Saifsを読み終えた(50ページほど)。この章は白人が来る前のアフリカの殺伐たる暴力が支配する想像上の国の話だ。白人到来前のアフリカは「未開」の平和な大陸だったという神話をぶち壊す。

le lundi 23 octobre 2017
5時半、快晴、26℃、45%。

5時50分、予定通り停電。20時15分、回復。

le mardi 24 octobre 20114
6時、快晴、24℃、40%。

Canal+が提供するTVチャンネルは250局以上あるが、時々提供局がかわる。今回「J・One」という局をみつけた。チャンネル48。ジーワン。フランス語放送。日本のアニメを中心に放映している。しかし、中には日本紹介番組や韓国ドラマもある。2013年に出来た局のようだ。NHKワールドは英語しかない。
日本のアニメについては、僕よりもフランス人の若者の方が詳しい。コンゴ人も同様だ。2002年頃、恵比寿日仏会館でフランス人学生から「アキラ」についてコメントを求められたが、アニメだとも僕はしらなかった。
「J・One」は採算に乗っているのだろうから、相当の視聴者がいるということだ。以前、フランスの子供たちが日本のアニメに親しむことによって思考回路が変わるのではないかと心配したが、アニメに託されたモラルがユニバーサルになってきているのかもしれない。日本の作家のモラルが変わってスムーズに世界で受け入れられるようになったのか、価値観の抵触がなくなってきたのではないか。

le mercredi 25 octobre 2017
6時、快晴、26℃、40%。

23日(月)にルブンバシに来たフェリックス・チセケディ野党党首は結局当局の指示でミーティングを開けず、今日キンシャサに帰った。RDCコンゴの国連人権理事国入りは民主化に貢献しなかったようだ。

le jeudi 26 octobre 2017
6時、快晴、28℃、45%。

17時30分、 パラパラと雨が。直ぐに止んでしまった。
20時10分、雷雨。

映画『Félicité』。アラン・ゴミスAlain Gomis監督。セネガル人を父、フランス人を母とする監督だ。映画の舞台はキンシャサ。今年のベルリン映画祭で銀熊賞を獲得した作品。日本での上映が始まったようだ。
フェリシテという名前は女性の名前として少なくない。普通名詞では幸福。見たい映画だが、映画館が1件しかないルブンバシでは無理だ。DVDで探してみよう。

le vendredi 27 octobre 2017
6時、雷雨、26℃、55%。朝から雨。いよいよ雨季。

雨が降ると、蚊、羽蟻、蛾の大発生がある。特に羽蟻は、雨をじっと待っていたのだろう、夜間に家に入ってきて、朝には羽を落として何処かに消えてしまう。

le samedi 28 octobre 2017
6時、曇り、24℃、60%。夜中に雨が降っていた。

扇風機は来年2月、3月まで不必要になったようだ。カタンガではエアコンが先ずいらない。

持っている圧力釜が圧力釜としての機能をしない。日本製だというがどうも怪しい。煮込み料理に時間がかかり過ぎる。2時間も煮込むことがある。電気代がかかるなぁ。電気圧力釜をインド人の店で見た。いいかもしれない。
また、炊飯器でジャガイモを蒸すことができるようだ。テストしてみる。

明日フランスでは冬時間になる。午前3時が2時。ルブンバシと1時間の時差ができる。20時のニュースをここでは21時にみることになる。面倒なり。

le dimanche 29 octobre 2017
7時、曇り、24℃、65%。

le lundi 30 octobre 2017
6時、小雨、22℃、70%。急速な温度低下と湿度の上昇である。

le mardi 31 octobre 2017
6時、快晴、22℃、65%。

『Le devoir de Violence』(Yambo Ouologuem)の邦訳が1970年に岡谷公二氏の訳ででていることがわかった。『暴力の義務』とタイトルが訳されている。英語版は『Bound to Violence』で、「暴力に縛られて」という意味だろうと思う。devoirは「義務」には違いないのだが、「暴力の義務」というタイトルの訳が僕にはよくわからなかった。

ついでに岡谷氏についてWikipediaで調べたら、かなり変わった方である。若いアフリカ人で無名の作家ウオロゲムの作品を訳したのも普通じゃないが、レイモン・ルセルRaymond Rousselやミシェル・レリスMichel Leirisなるこれまた変わったフランスの作家たちの翻訳をしたり研究をしたりしている。最近は伊勢や出雲の背景を探り古代朝鮮に行きついた。

01 octobre 2017

9月1日~30日 アメリカ黒人はアフリカ人か les noirs américains, sont-ils africains ?

le vendredi 1er septembre 2017
14日まで海に行く。インド洋だから、ルブンバシからバスで2日かかる。
コンゴにも海がある。コンゴ河の河口だ。大西洋である。だが、ルブンバシから陸路ではいけない。それに何日かかるか計算もできない。
タンザニアのザンジバルで10日間海を堪能した。このことは別途ブログで「ザンジバル紀行 2017」として書く予定である。

le jeudi 14 septembre 2017

14日15時半に帰宅できた。
チーコちゃん、マーゴちゃん、ブラッキー君が元気に迎えてくれた。一安心である。

le vendredi 15 septembre 2017
6時、快晴、24℃、40%。

昼間の暑さにあたったのか微熱がでた。パナドールを飲み早々に就寝。

le samedi 16 septembre 2007
6時、快晴、22℃、35%。

昼間はない熱が夜に入ってでてきた。

近所の産婦人科医院の院長が三菱四駆L200を買ってくれた。やっと売れた。7500ドル。2009年12月ドバイで買ってダルエスサラムまで船で送り、ダルエスサラムからルブンバシまで僕が運転した車だ。25000ドルかかった。通関費用が6000ドルと高かった。これは騙されたのだ。通常2000ドルと数年後に聞いた。5万キロ程度走っている。
所有車両は残りハイエースのみとなった。

le dimanche 17 septembre 2017
6時、快晴、23℃、35%。

熱は引いているが喉が痛い。

今日はカスンバレサに「子供たち」に会いに行く。カスンバレサ街道は事故が多い。タクシー運転手にはゆっくりと行け(ポレポレ)と云わなければ。

ナナさんのところで養鶏は順調といえよう。彼女の家までカスンバレサからバイクの後ろに乗って30分以上かかる。ムソシ鉱山の櫓がすぐ近くに見える。
6週間が97羽、2週間が98羽。6週間たったニワトリは早く売らねばならない。カルベ君が動いていない。子供たちの連携が悪い。シバタ君、カルベ君、サイトウ君が一丸となってくれなければ。
ナナさんには二人の娘がいる。父親がそれぞれ違う。未婚の母親だ。上がローズさん17歳。身障。下がヴィクサちゃんで、彼女は頭が良く、飛び級で、9歳なのに既に小学5年生。

キミコさんが先週男の子を出産したそうだ。6人の母親になった。
サツキさんの夫はザンビアで刑務所入りしていた(税関トラブル)が、解放されてコンゴに戻った。しかし、生活は苦しいらしく、15歳を頭に6人いる子供たちの一人として就学させられない。
亡くなったクラヌキ君には18歳になる子David君がいる。デヴィッド君はカスンバレサの牧師さんのところに起居しているようだ。前回牧師さんの家に尋ねた時はザンビアに行っていていなかった。僕が家を訪ねたと後できいて、日本人が来た、殺されるかもしれないと逃げ回ったそうだ。とんでもない反応だが、日本人による嬰児殺しの噂はまだ生きている。
カルベ君にも5人の子がある。年初5人目が生まれた。カルベ君は看護士である。最近診療所に就職したと聞いたので、その診療所に会いに行った。診療所とはいっても「掘っ立て小屋」のようなところだった。入院患者は尋ねた時に一人しかいなかった。これでは安定した就職先ともいえない。カルベ君の子どもの一人の学費をシスター・アスンタ佐野さんが支払っている。

ルブンバシからカスンバレサに移転した「ムソシの子どもたち」が経営すべきレストランはまだテラス、室内の床、トイレ、台所が完成していなかった。2か月の遅れ。


le lundi 18 septembre 2017
6時、快晴、24℃、35%。

8月分電力料金をSnelで払った。28000フラン(19ドル)。

le mardi 19 septembre 2017
6時、快晴、23℃、40%。

簡易洗濯機を買った。中国Geepas社製。ドバイで50ドルで売っていることをネットで調べたが、ここでは95ドル(5ドル引いてくれて)。インド人の店だ。日本ではもっと複雑な洗濯機を200ドルで売っている。
洗濯が「重労働」になってきたために購入した。能力3.5㎏で十分である。洗濯だけで脱水はできない。それでも老体には助かる。これでシーツを頻繁にかえることができそうだ。洗剤は多分業務用で米国製をスーパー「マ・メゾン」で売っていた。
家に運んで早速使ってみた。シャツの襟の汚れがちゃんと落ちた。嬉しくなってしまった。

Geepasは中国の会社ではなかった。ドバイに本社を置く。インド系と思われるが、中東及びアフリカに強く家電で伸びている。製造は中国とインドかと思う。


le mercredi 20 septembre 2017
6時、快晴、24℃、40%。

9月の日誌を誤って消してしまった。復元方法を検索して一安心。冷っとした。

le jeudi 21 septembre 2017
6時、快晴、24℃、45%。

朝は24℃と涼しいが、毛布がいらなくなった。

明日が停電予定日だが昨日今日と5時45分から30分停電した。
6時半、断水。何れ水は出るだろう。7時15分、出始めた。

『Christine Noble』(Stephen Bradley、2014年)。
ベトナムのストリートチルドレンの「生きる権利」を支援するノーブルさん(アイルランドの女性)を描いた映画。彼女のような不屈の精神と行動力が僕にはないなぁ。尊敬してしまう。

le vendredi 22 septembre 2017
4時50分、快晴、24℃、40%。

停電予定日なので早起きした。そうしないとお湯が沸かせない。コーヒーが飲めない。停電を待つ。
8時になっても停電がない。

9月は日本の夏至から冬至の中間だから、陽が東の空の北から南にかなり移動した場所から上り始める。6時前に空全体が明るくなる。地球の傾きの所為で赤道直下に近いカタンガでも微妙な変化があるのだ。ジャカランダの花が散りはじめ若葉で満ちる。

ルブンバシの中国人の食品店で豆腐を金曜日になると買うようになった。1丁が日本の豆腐の4個分はある。それを2丁買う。
「親も無し 妻無し子無し版木無し 金も無けれど死にたくも無し」と云ったという林子平は貧しく、豆腐やおからばかり食べていたと、おから料理をする度に母がよく云っていた。
中国豆腐は4日ほど僕のアントレになる。

『Bessie』(Dee Rees監督、2015年)。米国のジャズ、ブルースの黒人女性歌手ベシー・スミスの物語。監督も黒人女性だ。
映画に登場するのは黒人が中心で、白人は殆ど出てこない。現在米国の黒人は15%程度の人口しか占めていない。
アメリカの黒人はアフリカ人ではない。アフリカから先祖が強制的に移民させられた歴史はあるがアフリカ人とアメリカ黒人を同一視するのは大変な誤解である。
映画をみてもわかるが、アメリカ黒人はアメリカ人以外の何者でもない。
オバマ大統領が選ばれたとき、アフリカ人は米国の対アフリカ政策が変化すると期待した。これも誤解である。オバマはアメリカの利益を代表する大統領であってアフリカを代表していてたわけではない。
アフリカ大陸にリベリアを建国したアメリカ黒人にも誤解があったとしかいいようがない。
アメリカに移住させられたアフリカ人は現在英語しか話せない。ヨルバ語もウォロフ語も、その他アフリカの言語を話せない。
ベシーの歌はprofondément américaine。

le samedi 23 septembre 2017
6時、快晴、24℃、30%。

6時10分、停電。えっ、停電日は昨日じゃなかったのかい。

不可解なのはこの国の常。
電力会社Snelのアドラールさんに電話したら、計画停電(彼は「délestage供給制限」という言葉を使った)は10日ごとになったと。となれば、次の停電は10月3日となる。さて?

20時15分になっても電気がこなかったので、アドラールさんとマルタンさんに電話で催促したら、5分後に電気がきた。世話の焼けることだ。

le dimanche 24 septembre 2017
6時、快晴、24℃、40%。

『Un coeur à l’écoute』(Sweet Nothing in My Ear、Joseph Sargent監督、2008年)。聾唖者の世界を描いている。人口内耳の情報もあった。アメリカ映画らしくドラマチックな完成度の高いシナリオだ。こうした映画を日曜の昼間に放映できるフランスの民間TV局はまともだなぁ、と思う。この映画の場合はD8だった。映画専門チャンネルではない。TF1、
M6などと並んで総合TV局である。

le lundi 25 septembre 2017
5時50分、快晴、24℃、35%。

ミニバス(トヨタ ハイエース)もフランクランさん経由で売却した。2500ドルにしかならなかった。中から仲介した人物に150ドル、フランクランに修理費などで1000ドル支払った。さらにフランクランが借金を申し込み、1500ドルの証文を書いた。来年1月に返してくれるというがなぁ。

このバス運営でも苦労した。運転手たちは雲助以下で、全員泥棒だった。この雲助をWikipediaで調べたら、宿場の駕籠かきとあった。そこで思い出したのが「駕籠に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋を作る人」。母がよく云っていた。世の中は様々だ、ということだろう。

le mercredi 27 septembe 2017
6時、快晴、25℃、40%。

le jeudi 28 septembre 2017
6時、快晴、25℃、40%。

先週の木曜日から庭師ジョゼさんが休んでいる。母親が病気で見舞いに行ったためである。母親はカタンガ州の中央カミナ市近くの村にいる。400kmしかないが、村まで行くには2日かかる。バスを乗り継いで行くようだ。鉄道もあるが、列車では何日かかるか予測もできない現状だ。一昨日電話で帰るといってきたが今朝も働きに来ていない。
植木は雨季ではないので毎日伸びるということもない。雨季なら植木がぼうぼうだ。田舎の道は雨でぬかるんでバスが通れなくなる。

毎日フランスでは天気予報がドラマチックに報道される。各TV局の予報官は身振り手振りよろしく、口角泡を飛ばしてフランス各地の天気を語る。予報官は人気者vedettesになる。
RDCコンゴのカタンガ州ではどうなるか。
4月中に始まる乾季ともなれば、それから6か月間毎日快晴だからつまらない、「明日も快晴、明後日も快晴」、天気図の解説も必要ない。11月からの雨季では、毎日の予報が難しい。「明日は雷雨、豪雨となるでしょう」と予報官らしいことがいえるけれども、午前中なのか夜中なのか、予報するには苦労するにちがいない。現在4つに分かれた大カタンガ州だけで日本よりも広いのだ。そこにいくつ位気象台があるだろう。2010年、Googleでさえ大都会ルブンバシの天気を表示できなかった。僕は当時Googleに抗議したが、ルブンバシの気象情報を出すようになったのは最近である。雨季は梅雨ではない。毎日天気が変わるし、一日の変化も激しい。ルブンバシで雨が降っても、そこから南に30kmしかないここキプシは晴れていることも多い。

チーコちゃんたちのビスケットがどのスーパーでも払底して2か月以上売っていない。仕方ないので、メダカのような干した小魚をンジャンジャ地区で買ってきて、食事として与えた。食べない。軟らかく煮てもダメ。カタンガの家庭の主食トウモロコシの粉と混ぜても食欲をみせない。「君たち、カタンガ産まれだろう」と云っても無駄だった。
仔犬用のビスケットを出したら、多少食べてくれたが、余程空腹でないと食べない。そんなに贅沢に育てた記憶はないが、困ったものだ。

le jeudi 28 septembre 2017 bis
「ザンジバル紀行 2017」

時系列で書いても面白くないと思うのでテーマを選んで書く。

ザンジバルに行くには、飛行機という手段もある。ザンジバル(ウングジャ島)には国際空港があり、中東、アフリカから定期直行便が出ている。欧州からも季節により直接運行されている。

僕にとってのザンジバルは先ずアフリカ黒人奴隷貿易の拠点として認識されている。コンゴからも、特に現南北キヴ州やカタンガ州東部から多くの黒人がザンジバル経由アメリカ大陸などに送られた。
現在は観光島である。常夏の島だ。ケニアのモンバサと競争できるビーチがある。南半球だがルブンバシよりも赤道に近い。

ダルエスサラームから高速船で90分。最短ルブンバシから陸路では3日目に到着できる。今回はザンビアのキトウェまで金曜日の午後にルブンバシを出て夕方パオラさん邸で泊まり、翌日早朝のバス(Power Tools社)でタンザニア国境に夜中についた。タンザニア側の町トンドマでホテルに泊まり、翌日日曜日のバスで出発、ダルエスサラームに着いたのも夜中だった。

le vendredi 29 septembre 2017
5時半、快晴、25℃、40%。

チーコちゃんたちの朝食に、スーパー『マ・メゾン』で見つけたカジノ(フランスのスーパー)の缶詰を開けて出した。ソーモンだったが、みんな「ぺろり」と食べてくれた。猫ちゃん用のフードだが贅沢だなぁ、君たち。「今朝は美味しかったわ、もうないの」と僕にまとわりつく。

le samedi 30 septembre 2017

6時半、快晴、24℃、40%。

03 septembre 2017

8月16日~31日 「ムソシの子供たち」の再出発 redémarrage des enfants de Musoshi

le mercredi 16 août 2017
6時、快晴、20℃、47.5%。        


le jeudi 17 août 2017
5時、快晴、20.5℃、47.5%。


朝6時に停電予定の日。6時3分前に停電した。これで20時まで電気がない。晩御飯は昨日作ってしまった。牛肉のワイン煮込み。


電力会社Snelの請求書が来ていなかったので昨日Snelオフィスでデュプリカタを作ってもらった。28350FC。ドル・フラン交換レートは1500で最近落ち着いているので約19ドルだ。


le vendredi 18 août 2017
6時、快晴、22℃、50%。


温度が上昇している。暑い9月にむけて寒さが遠のく。ありがたい。
出かかるときに襟巻をしていたが、もう来年6月くらいまでいらないだろう。毛糸の手袋だって街中で売っている。アフリカとはいえ南半球の冬も寒いのだ。


昨夕、バルセロナでテロ。バルセロナには甥が住んでいる。スイス時代(1982年から15年)ジュネーヴからよく彼の家に行った。900kmだから9時間で着く。本屋をしていたが倒産した。スペイン人も本を読まない。自分の好きな分野の本しか置いていなかったから無理もないかもしれない。ジュネーヴに職を探しに来たが成功しなかった。


テロのあったランブラスはバーリオ・チーノ(チーノ区)とゴチコ区を分ける賑やかな通りである。港からカタルーニュア広場に抜ける広い道だが、車道よりも中央の歩道に幅があり、土産店やストリート・アーチストが集まっている。チーノ区は地元の人たちも足を踏み入れない怪しいカルティエだったが、オリンピック以降面白くない普通の場所になってしまった。ジュネがいた時代はさぞと思う。


RDCコンゴでは毎日のように東部や最近では中央部のカサイ州の村々が襲われて、多くの犠牲者を出している。いちいちトランプもTwitterでコメントしない。時々国連やNPOが「統計」をだして、7月末までに何千人が殺され、何万人の難民が出たという。


le samedi 19 août 2017
5時半、快晴、22℃、45%。


カスンバレサの「ムソシの子供たち」に会った。
ルブンバシからカスンバレサまで乗り合いタクシーで9時半に出発。タクシー料金が1000フラン値上がって6000フラン。帰りは7000フラン。
カスンバレサからナナさんの家までバイクタクシーで3000フラン。バイクに迎えに来てくれていたシバタ君と相乗りして30分。
ナナは5月からN参事官のご寄付を元手に養鶏をしてもらっている。テストケースで、ルブンバシでの鶏販売に難があったけれども、損失はでなかった。100羽のヒナのうち85羽が育った。多少の利益がでたので7月末ナナに50ドルの謝礼を払っている。


ナナは元気にしていた。庭に井戸を掘っていた。地下4Mで水がでるそうだ。ヒナはよく水を飲む。水道が家から20Mほどのところにあるが、水が出たり出なかったり。井戸は炊事、洗濯などにも使える。「ムソシの子供たちの会」の分だけでなく自分でも100羽を今養鶏している。合計200羽だ。鶏の部屋を見学した。5月とは違う部屋で飼っていた。とても清潔にしている。大変な仕事だ。今回は歩留まりがよく、「会」のために買った100羽のうち98羽が2週間目でもピーチクパーチク。さらに100羽のヒナ分を「日本カタンガ協会」から追加融資することにした。ナナは450羽まで養鶏できるといっている。
生後2週間目のヒナ

13時にナナの家を出て、カルベ君の家にバイクタクシーでむかった。カルベの家に8月初旬閉鎖したルブンバシのテキサコ地区にあった「子供たち」のレストラン「ホープ」の調度(テーブル、いす、冷凍庫等々)を預かってもらっている。カスンバレサで新たなレストランを「子供たち」の手で開いて運営してもらう。レストランとなるべき物件も見た。カスンバレサ村とカスンバレサ税関(国境)との中間にある。理想的な場所とは云い難いが家賃が70ドルと安い。テキサコは400ドルだった。テラスや室内の工事にまだ30日ほどかかるかもしれない。


カスンバレサに「子供たち」の中でも貧しい層が多い。炭焼きをしているサガラ君、夫がザンビアで刑務所入りしてしまったサクラさん、そしてナナさん等々も手伝う。看護師の仕事がカスンバレサで見つかったカルベも参加するが、経営責任者はギリシャ正教の学校で教師をしているシバタ君がなり放課後来て帳簿をつける。


シバタ君はキンシャサにいるタカハシ君とともに大統領親衛隊にいた。タカハシ君に戦争経験はないが、シバタはコンゴ全土に軍人として転々としている。特に赤道州で国際刑事裁判所で有罪となった元副大統領ベンバの軍と戦った。命が大切だと思ったことと、学生結婚をしていてカスンバレサに妻子がいたので軍を辞めたのだとういう。軍にいれば今頃コロネル以上に出世していたろう。しかし、軍は部族主義(トリバリスム)が激しく、日本人の子であるため出身部族がなく、「コンゴ人」ではないといわれたそうだ。リカシで今の大統領ジョゼフの父親ローラン・デジレ・カビラ大統領が親しかった北朝鮮の軍指導官に訓練を受けた。
シバタ君はしかし軍人というよりも気のいい小学校の教師が向いている。戦場を駆け巡るよりも、今度は「子供たち」のためにレストラン経営で精を出して欲しい。彼なら出来るだろう。


ナナには父親が誰かわからない子が二人いる。末の娘は9歳だが頭がよく、飛び級で既に小学5年生。カルベには今年何人目かの子が生まれた。キミコは妊娠8か月、夫が外に女を作って家に寄り付かなくなった。精神的にも参っているらいい。次回には様子を見にいこう。


「ホープ」で賄いをしていたユキコさんは自分のレストランを始めたそうだ。テキサコにいた電気技師と去年12月に子供ができた。ナナが育てたトリを数羽買ってくれたが支払いをしていない。ユキコやお金持ちに嫁いだ元子供たちの会長ケイコさんも自分のレストランを経営している。彼女たちにトンカツ、ヤキトリ、ショウガ焼きなどコンゴで手に入る材料で日本食を教えたが役に立たなかった。


テキサコの「ホープ」レストランは日本財団のS氏の個人的ご寄付で2015年8月に始めた。経営悪化で僕の友人Mさんやfacebook友人ニジェール在住のY氏、妹さつきちゃん、また僕のブルグの長い間の読者である関西のSさん等にご寄付も頂いた。テキサコの「ホープ」にご支援いた方々には申し訳ないけれどもカスンバレサで再出発である。テキサコの家賃のギャランティーが1200ドル返却される。これが運転資金の原資になる。


レストランや養鶏で、今一番問題である「孫たち」の世代、「ムソシの子供たちの子供たち」の世代の教育費が少しでも出せるようになるようにしたい。それも「子供たち」の自助努力でなせるように。


le dimanche 20 août 2017
6時半、快晴、22℃、55%。


休暇を9月1日から10日乃至14日間とろうと思う。8月31日にルブンバシで用事があるのでその前には出られない。ところがコンゴ滞在ビザが9月10日で切れることが分かった。これを延ばせるように今週交渉しなければならない。できなければ休暇キャンセルだ。
今回はフルにBooking.comを使っている。ホテルキャンセル料を取られるところがある。参った。注意して予約しないといけなかった。


le lundi 21 août 2017
6時、快晴、20℃、50%。


le mardi 22 août 2017
5時半、快晴、20℃、50%。


le mercredi 23 août 2017
6時、曇り。キンシャサ。


17時半、ルブンバシに帰着。


le jeudi 24 août 2017
6時、快晴、21℃、35%。

le vendredi 25 août 2017
4時、快晴、22℃、40%。


4時に目が覚めてしまったので、朝食を用意し、メイルを書いたりネットを渉猟していた。


休暇には9月1日から入ることにした。移民局DGMから旅券を返却してもらい、再入国査証はダルエスサラムで取得することにする。再入国後、長期滞在査証を申請する。
休暇中のホテルはキャンセルしない。



le samedi 26 août 2017
5時45分、快晴、22℃、40%。


6時丁度に停電開始。予定通り。20時まで停電する。
ところが8時50分に電気が来てしまったのである。
この不確定性、不定期。それがコンゴなのだが、少なくとも7月から9日ごとに停電という定期性があった。それが崩れた。


ジェカランダの花が咲き始めた。ジャカランダはソメイヨシノに似て花が葉よりも先に現れる。毎年9月がジャカランダの季節である。「アフリカに季節がない」とは誤りだ。赤道直下でも植物は季節を良く知っている。


今朝ネット契約を調べた時には1ギガの残量があった。それが、昼過ぎになくなっていた。PCと携帯両方にネットをつないでいなかった。PCだけ。動画もDLしていない。知らぬ間にPC側のプログラム更新がされていたとも思えない。PCの方が携帯よりも遥かに消費量が多いのかもしれない。仕方ないので、VodacomのSIMをつかったデータ通信に切り替えた。


le dimanche 27 août 2017
6時、快晴、21℃、40%。


『Christina Noble』(UK, Stephen Bradley, 2014)


le lundi 28 août 2017
5時半、快晴、21℃、40%。


le mardi 29 août 2017
5時半、快晴、20℃、40%。
le mercredi 30 août 2017
6時、快晴、20℃、40%。

20時ジャストに停電。驚き。