曇り。7時、22℃、72.5%。15時、快晴。
大統領選挙および国会議員選挙投票日。
一応、全国的に投票できる態勢ができたようである。Monusco(国連)がヘリコプタやバイク等投票に必要な材料を運んだ。フランスの4倍、ほぼ西ヨーロッパと同じ面積をもつRDCコンゴである。僻地への運送はヘリ以外では何日かかるか知れない。
僕の周りでは野党のチセケディに投票すると宣言したひとが多いが、カビラの現職の強みは地方で発揮されているもよう。それに、野党が候補統一に失敗したから、最終的にはカビラで落着くと考えられるが、いざこざは避けられないだろう。
サレジア会の「青年村」に行く途中にンジャンジャ地区がある。干し魚の匂いがする地区でケニア地区に隣接している。そこの投票所に「カタンガ独立運動」の武装闘士が現れて、警官2名と市民1名を銃で殺したそうだ。詳しいことはまだわからない。全体的にはルブンバシの投票所も平穏であったようだが、例外があったわけだ。迷惑な。「カタンガ独立運動」を気取っているのは、モブツのころにアンゴラに逃げた憲兵隊で、いまやカタンガで誰も同調しない亡霊のような集団である。
大統領候補は11人しかいない。しかし、国会議員候補は18 500人である。投票用紙には識字が出来ない選挙民も多いことから、候補者の名前のほかに写真と候補者番号が表示されている。候補者の名前を書いて投票するのではなく、候補者をリストから探して、候補者の名前の横の枡(空欄)にチェックを入れるのである。
大統領候補カビラは3番、チセケディは11番にレ点やXでチェックをいれて投票する。○をいれるのは日本の習慣だけであろう。しかし、国会議員のリストは長い。世界一長い投票用紙になったそうだ。選挙区によって投票用紙の大きさが異なるがともかく長くまた大きな投票用紙である。議員候補者は選挙運動中、自分の番号を覚えてもらうことに必死だった。TVでも番号を繰返し繰返し宣伝していた。
(画像は投票用紙。日本のイメージとは相当な開きがあるとおもう)。
日本の若い写真家Oさんから久しぶりにメイルをもらった。日本に帰国中とのこと。日本でアフリカ(ウガンダ、ルワンダ、RDCコンゴ、ザンビア)の写真展や講演会をしてくれている。そこで考えたのが、アラン君の訪日だ。個人的な理由で12月に訪日予定だったが、年末は飛行機代も高いし寒いということで、僕が来春3月か4月に行くようにアドヴァイズした。アラン君が日本に滞在する間に彼を中心として講演会をするのはどうだろうか。RDCコンゴの現状を日本の方に知ってもらうよい機会だ。
久しぶりにノルベールさん(「日本カタンガ協会」会長夫人の兄。高校の元校長先生、キプシ在住)から電話で家に来るという。投票後家に立ち寄ってくれた。暫くあっていないので様子を見にきたらしい。それと彼も関係するフォステム小学校への寄付のお礼に来たという。寄付は横浜のTさんと、世田谷のママさんバレーの方々の寄付で僕は仲介しただけ。僕は僅かのレンガを提供したに過ぎない。資金が足りなくてまだ屋根ができていない。トイレ施設の一部と屋根の骨が寄付金で賄えた。教室に屋根がないので、中学生部門が今年9月から始まっているが、生徒はまだ少ないそうだ。
日本の若い写真家Oさんから久しぶりにメイルをもらった。日本に帰国中とのこと。日本でアフリカ(ウガンダ、ルワンダ、RDCコンゴ、ザンビア)の写真展や講演会をしてくれている。そこで考えたのが、アラン君の訪日だ。個人的な理由で12月に訪日予定だったが、年末は飛行機代も高いし寒いということで、僕が来春3月か4月に行くようにアドヴァイズした。アラン君が日本に滞在する間に彼を中心として講演会をするのはどうだろうか。RDCコンゴの現状を日本の方に知ってもらうよい機会だ。
久しぶりにノルベールさん(「日本カタンガ協会」会長夫人の兄。高校の元校長先生、キプシ在住)から電話で家に来るという。投票後家に立ち寄ってくれた。暫くあっていないので様子を見にきたらしい。それと彼も関係するフォステム小学校への寄付のお礼に来たという。寄付は横浜のTさんと、世田谷のママさんバレーの方々の寄付で僕は仲介しただけ。僕は僅かのレンガを提供したに過ぎない。資金が足りなくてまだ屋根ができていない。トイレ施設の一部と屋根の骨が寄付金で賄えた。教室に屋根がないので、中学生部門が今年9月から始まっているが、生徒はまだ少ないそうだ。
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